4話 聖異物抹殺派

03.イオの与太話


 そのクロノスの背を見送っていると、丁度入れ替わりでイオが現れた。姿を視界に収め、クライドは心中で小さく頷く。前よりハッキリとしていて、存在感が出て来たように感じたからだ。
 頼りない雰囲気は相変わらずであるものの、吹けば飛ぶような存在では無くなっている気がする。勿論、気のせいかもしれないが。

「お疲れ様です、イオさん。どうですか? 新しいテクスチャの心地は」
「違いがよく分からないや。こんな所で突っ立って何をしていたの?」
「クロノス様とお話をしていました。今後の立ち回りについて」

 へえ、と僅かに興味を示したイオが手近なベンチにどっかりと腰掛ける。彼女は気を抜くとすぐにどこかへ座り込んでしまうのだが、やはりテクスチャが心許ないからだろうか。
 それに、彼女には残酷な今後の方針を伝えなければならない。争いを好む性質ではないので恐らく非常に嫌がる事だろう。
 それなりの距離を取って同じベンチに腰を下ろす。何故か彼女に少し驚いた顔をされた。コミュニケーションが取りづらい。

「それで、今後の活動ですが。一先ずディグレから話を聞きたいので、どうにか接触を図ろうと思っています」
「えっ、ディグレってあの恐い人? 普通に嫌なんだけど……。もっと平和的な仕事の方法は無かったの?」
「今の所、手掛かりが彼しか無いので……。本当に嫌なら、俺一人でも行きますよ」
「そこまで駄々こねたりしないよ」
「すいません」

 渋い顔をしているが、こういう言い方をすれば付いて来てくれると思っていた。ズルい方法だが、一人では手が回らないのも事実。クライドは心中でイオに謝罪した。
 黙っていると不意にイオが雑談を始める。割と黙っているのが苦手なようで、空き時間にはこうしてフレンドリーに話し掛けてくれるのは、頭を空っぽに出来て有り難い。

「そういえばさあ、さっきテクスチャのメンテしてたじゃん?」
「はい。どうでしたか?」
「どうって、普通に職人さんと話をしながら1時間くらい座ってただけだけども……。いや、そうじゃなくて! テクスチャって魔法に何か画期的な応用方法が無いかを考えていたのさ、私は!」
「画期的な応用方法? 熱でもあるんですか?」
「急に手厳しい! 私の事なんだと思ってるの?」

 ――まさか、テクスチャのメンテナンス中にも仕事について考えていたのだろうか。正直、イオが時間外勤務を好む質とは思えないが。
 彼女の発熱を真剣に疑っていると、やや喰い気味にイオは話を続ける。

「クライドは知らないかもしれないけれど、私、最初はマジでヘドロだったんだよね」
「何ですか? すいません、ちょっと理解の範疇を超えたのでもう一度説明していただいて良いですか?」
「いやだから、最初に意識を取り戻した時? 身体が崩れちゃって、ヘドロみたいになっちゃったんだけど」
「要するに身体を失っていた、という事ですか?」
「まあ、そんな感じ」

 神子とはよく分からない存在だ。早々に論理的な理解を放棄したクライドは、彼女の言葉をそのまま鵜呑みにして続きの話を聞く事に決めた。

「それでね、ヘドロ状の私をこの形に変えられるテクスチャって魔法を今使っている訳でしょう?」
「確かに。原型の無い状態から、確かに人の形を取れていますね。魔法の力によって」
「そうそう!」

 興奮気味にイオは続ける。何か相当面白い話でもあったのだろうか。自然、クライドも口元に小さく笑みを浮かべた。気分としては小さな子供の話を聞く保護者のようなものだ。

「それでね、テクスチャの魔法を応用して!」
「応用して?」
「私を超絶美人に魔法整形出来ないか聞いてみた訳」
「ええ?」

 ――理解が追い付かなくなってきた。何を言っているのかさっぱり分からない。
 そんなクライドを置き去りに、急にテンションの下がったイオは残念そうに肩を竦める。随分と感情表現が豊かなものだ。

「でも駄目だった……。私のイメージが固定されているから、別人にはなれないんだって。何か魔法を使う方も受ける方も神様だったらいけるかも、って言われたよ。残念」
「えっ、あっ、そうなんですか」
「興味無いんでしょ、クライド。まったく、女性は美を重んじるものなんだよ!」
「はあ……。そのままで十分、素敵だと思いますけどね」
「今欲しいのはお世辞じゃないんだよ!」

 正直な所、容姿などどうでも良かった。イオの目論見がどうでも良い訳ではなく、結局人など最終的には中身だと思っている。美人より話を盛り上げてくれる女性の方が良い。何故なら、自分自身が面白い人物だとは到底思えないからだ。
 だからつまり、イオへの励ましというかフォローは全く以て本心なのだが、彼女には伝わらなかったらしい。
 いやそもそも――

「急にイオさんが別人のように顔が変わったら困ります。そのままで居て下さい。俺は別に特に美? とかいうのは求めていませんし、こうしてあなたとアホみたいな話をしているだけで顔の出来なんて気にしていませんから」
「……ま、それもそうだよね。顔をクリエイトしたところで私は私だしね」

 案外あっさり諦めの気配を見せたイオに安堵の溜息を溢す。彼女の突拍子の無い思考には慣れないものだ。