02.テクスチャ応用編
そうして黙々と作業を始めた職人をまんじりと見つめる。何をしているのかは分からないが、特にイオ自身のテクスチャに触れる事無く机で書き物をしたり、と暇な事この上無い。
暇である事を察したのか、或いは手が空いたのか。先程のように彼が口を開いた。
「そういえば、君のテクスチャは毎度造りやすくていいね」
「逆に造りづらい時ってあるんですか?」
「神子は大抵造りづらいね。何せ、生まれ落ちていないから自らの定める形もよく分かっていない。話によると、自分の種族すら分からない神子らしいけれど、自身の中に明確な自画像でも持っているのかい?」
「テクスチャを造る為のモデルみたいなのが、確立してるって事?」
「要約するとそうなるねぇ」
そりゃそうだ。こちらは転移する前の記憶をバッチリ持っている。職人さんには悪いが、こちらでの「どうして以前の容姿そのままにテクスチャを造れるのか」、という疑問は氷解した。以前の自分をそのままテクスチャに投影しているからだ。他でもない、桜木伊緒自身の記憶によって。
一瞬だけ黙ったイオは、ややあって問いにメテスィープスが望むような模範解答を口にした。
「いやあ、なんででしょうね。ちょっと分からないです」
「だよなあ」
「素朴な疑問なんですけど」
「なんだい?」
「もし、私に私っていうモデルが無かったらどうやってテクスチャ張るんですか?」
「あん? あー、まあ、本人希望の絵を描いて貰ったり、俺が適当にパーツを組み合わせて造ったりかね。一つだけ言えるのは面倒臭いって事か。神子のテクスチャって本当に造るの怠いから、君のはやりやすくて良い」
「そうなんですか。じゃあ、特にそういう予定は無いけれど私が全く別人になりたいって言ってクソ美人なイメージ像を持っていったらその通りにテクスチャを張ってくれるんですか?」
お手軽整形投影法、なんて馬鹿な単語が脳裏を過ぎった。ふと手を止めた職人が少しだけ考えた後、問いの答えを口にする。
「ああまあ、出来はするんじゃないかね」
「何だか歯切れが悪いですね。どうせなら超絶美人にして貰おうと思ったのに」
「けどさ、君の場合『別人に変えて欲しい』っていう考え? 思考があるわけだろ」
「そうですね。私は私でしかありませんし、これから変えるのであれば別人って事になりますね」
「じゃあやっぱり無理だわ。だって、別人って概念の前には本人って概念が付いてくる訳だろ? それを塗り潰して新しいテクスチャを張るなんてさあ。張られる側も張る側も、周囲をねじ曲げて影響出来るような――そうさな、神様くらいにしか出来ないだろうよ」
「どっちも神様なら可能って事?」
「憶測だけどさ」
「ふーん。そうなんだ。じゃあ私の超絶美女に大変身作戦は無理って事かあ」
「そのまんまでも可愛いよ、まるっとしていて」
「太ってるって言いたいんですか?」
「おっと。そういう意味じゃないが。まあ、後1時間もすれば終わる、もうちょっと待ってな」
「はーい」
***
イオがテクスチャのメンテナンスに行ってしまった後、クライドはクロノスと共に今後の方針について話し合いをしていた。
「それで、今からどうしますか?」
漠然とした問いに、クロノスがしっかりとした答えを返す。
「ディグレから話を聞きたいわね。祠を重点的に調べつつ、どうにか彼と接触出来ないかしら?」
「接触する事は可能かと。ただ、俺達の話を聞いて頂けるかは怪しいところですが」
「ううん、少しくらいでも無理?」
「はい。現状そういったゆとりは無いと思います」
どうしようかなあ、と独り言を呟いたクロノスは一つ手を打った。何かを思い出したようだ。
「そうだ、ラパンとディグレの関係性は? 何かに使えるかも」
「ディグレから見てラパンは妹の娘、つまり姪にあたります」
「2人が協力関係にある可能性は?」
「ありませんよ、恐らく。彼女、まだ幼いし。それにラパンは元から叔父に付いて回るのが好きでしたから他意は無いでしょう」
「あー、じゃあやっぱりディグレをどうにか捕まえるしかないかしら。でも全然無関係の一般人だったら問題になるのよ……」
唸っていたクロノスは頭を振って頷いた。どうやら、一旦ディグレ達の問題は置いておく事にしたようだ。
「丁度、イオもいないし共有したい情報があるのだけれど」
「え? 何でしょうか」
「最近、メテスィープスからちょくちょく連絡が来るのよね」
「どちら様ですか?」
「私の妹分にあたるような神族で、今は確か……転生部署に配属されていたはず」
「転生?」
「異世界から救世主って事にして人材を連れて来たり、教育をする部署ね。まあ、説明が長くなるから何故そんなものが必要なのかは省くわ。で、そのメテスから見張られてるみたいなの」
途端、クライドは渋い顔をした。
「やっぱりそれ、俺のせいですよ。一応違法って事になってますし」
「私の責任だから気にしなくて良いわ。それじゃあ、伝える事はこれくらいかしら。そろそろイオも戻って来そうだし」
「ええ」
「ちゃんとイオにこの後の事、伝えておいてよ」
「分かりました」
それだけ言うと、クロノスは席を立って庭園の奥へと消えて行ってしまった。何か仕事があるのだろう。