4話 聖異物抹殺派

01.報告


 空中庭園に戻ってきたイオ達は早速、船へ行った報告をクロノスへと済ませた。報告を聞いた彼女の反応は苦々しいものである。

「そうね、そうなるよね。確かに商船は一番怪しい立ち位置にいるけれど、全くクリタ島と無関係というその点でにおいては騒ぎを起こす必要性も無くなるもの」
「やはり何事かを起こすなら身内、そういう訳でしょうか」
「――根本を見返す必要があるのかも。確かに商船は来た時期も悪かったけれど、裏を返せばそちらへ注目が集まっている今、真の黒幕からは視線が外れている事にもなるわ」

 クロノスの言う事は尤もだった。何せ、部外者であるイオ自身ですら2人の口振りからして商船という存在が彼女等の言う『黒幕』だと信じ切っていたのだから。体の良いスケープゴートのようなものなのかもしれない。
 しかし、ここで同僚クライドの切り替えは実に迅速且つ合理的だった。

「では、やはりディグレが黒である可能性の方が高い、という事ですか」
「何とも言えないわね。私は彼の事をよく知らないのだけれど、クライド、貴方はどう? 同郷出身でしょう」

 クライドに視線が集まる。苦い顔をした彼は淡々と口を開いた。

「そうですね、俺も朧気な記憶なのでハッキリとは話せませんが……。一言で言えば掴み所の無い方ですね。それに、あの人はガト族、俺はロボ族なので接点もあまりありませんでした」
「そうね。でも確か、貴方はガト族側に従兄弟がいたんじゃなかった?」
「いますよ、いました。けれど、まあ、お察しってところですよ。本当にディグレについてはあまり知らないんです。ガトらしい人、というか――うーん、締める所は締めるけれどどこか適当な人?」
「よく知らないって事がありありと伝わって来たわ」
「お役に立てずすいません」

 記憶を辿る同僚を眺めながら、自分が対峙した時のディグレを思い返す。初めて出会った人間の感想としては、ありとあらゆる事を「やりかねない」人だという印象しかない。
 倫理観や道徳観、人間として持ち合わせるストッパーのような感情を自然と排他出来る人間性。必要に駆られれば何でもやるだろうな、という執念を感じさせる。

「仕方無いわ、引き続き調査が必要ね。ここで私達が言葉を交わしたところで、憶測に過ぎないもの」
「そうですね」
「ところでイオ、話は変わるのだけれど、テクスチャを上手く貼れる子を呼んでおいたわ」

 唐突に自分の話に変わった事で反応が遅れた。何も聞いていませんでした、という間抜け面を晒す事になる。

「え? テクスチャ、ですか?」
「そうよ。もっと補強して貰おうと思って。今の貴方のテクスチャでは、激しい戦闘をしたら末端部とかもげそうだし」
「もげ……!? だからもう一度貼るって事ですね」

 痛みはほとんど感じないものの、それはそれでスプラッタ過ぎる光景なので出来れば腕なんかはもげたくない。人形の腕が取れたようなものだが、地味にショックが大きいし普通に怖いのだ。
 イオ以上に安堵したような顔をしたクライドが、僅かに破顔する。

「そのテクスチャを補強すれば、もっとリスク無く能力を使えるようになりますかね。毎回心配で、戦闘になった時はどうしようかと思っていました」
「心臓に悪いものね。それじゃあ、イオは向こうのドームでメンテナンスを受けて来て。それまでこっちは休憩よ」
「了解」

 クロノスの指し示す先にある建物を見やる。この間は無かったので、クライドと島へ行っている間に増設したのかもしれない。何にせよ、テクスチャが強くなるのは歓迎だ。
 イオは意気揚々と指定の場所へ移動し始めた。

 ***

 ドームに辿り着けば、すぐに見覚えのある職人さんの姿を発見した。彼には前回もお世話になったので、顔をしっかり覚えている。

「こんにちはー、今日もよろしくお願いします」
「ああ、来たか」

 振り返った彼の顔は分からない。何せ、顔面を覆うように『はり師』と書かれた真っ白な紙を貼り付けているからだ。非常に気になりはするが、触れてはいけない気がして今日まで何の為の紙なのかは訊けていない。
 疑問を無理矢理押し込め、イオは軽く頭を下げた。彼には前回から引き続き、大変感謝をしている。クロノスもメテスィープスもテクスチャが下手クソだったと実感させてくれた、テクスチャ第一人者だ。

「今日は補強をして頂けるって聞いてますけど……」
「俺もそう聞いてるよ、クロノス様にな」

 彼の言葉から分かる通り、どうやらクロノスはかなり上の方の地位におわす神様らしい。というか、テクスチャ職人である彼は厳密に言えば神ではなく、その遣いである神使だとか。もうよく分からない。
 そして神族であるクロノスを筆頭にしたメテスィープスなどはその万能さ故に、テクスチャなど細々した作業が苦手らしい。何せ、全てが大味。彼等彼女等が動けば世界そのものが動く。それが、小娘一人程度をどうこうする小細工など得意であるはずがない。

 そんなイオの思考を見透かしたように、職人は態とらしく肩を竦める。

「いやね、俺もぶっちゃけクロノス様くらいの御方が自らテクスチャを張ってくれた方が、良い出来になるから是非そうして貰いたいものなのだけれどね。ほら、クロノス様、両手を使って細々とした作業をするのに適さない性格をしていらっしゃる」
「職人さんが、クロノス様に指南してテクスチャを張らせれば良いんじゃ無いですか?」
「まさか。俺如き職人風情が、天井におわします神々に指導なんて。いやあ、不敬不敬。首が飛ぶどころじゃすまんなあ」
「そういうものなんですか」
「そういうものだよ。まあ、君等地上の民には神族の序列だなんて関係無いだろうけれどもさ」
「それはそうですね。正直、私にはクロノス様がそんな凄い方には見えませんし」

 クツクツ、職人は喉の奥で噛み殺すように嗤っている。馬鹿にされたのは明白だ。