3話 学者達の乗る船

11.トークタイム・下


 仕方無いので無難な答えを口にする事に。

「いえ別に……」
「本当にそうかい?」
「気になさらず。というか、何故私に話を振って来るんですか」

 流石にしつこいのでそう訊ねると、マーカスはじっと顔を覗き込んできた。何かを値踏みされているようで居心地が悪く、思わず目を逸らす。何だろう、テクスチャの綻びでも発見してしまったのだろうか。

「いや、失礼! 君はなかなか知的な顔付きをしていると思ってね。本に興味は無いかい? 幾らでも貸して構わないが」
「えっ、いや、足りてます」
「そうか。まあ、興味があるならいつでも船へ来ると良い。歓迎しよう」
「どうも」

 謎の歓迎ムードだが、言葉に流されないよう僅かに顔を逸らす。クライドもまた、マーカスの興味が何故かイオの方に注がれ始めていると感じたのか早急に撤退の意思表示を見せた。

「そろそろお暇させて頂きます。皆が心配しているといけませんから」
「おや、それもそうだね。引き留めて済まなかった。君達さえ良ければ、また船に来て話を聞かせておくれ」

 存外あっさりと撤退できた。しかも船のリーダーであるマーカスが手ずから船の外まで送ってくれるオプション付。

 ***

 船の外に出、ある程度その船から距離を取ったところでクライドが口を開いた。空中庭園に戻る瞬間を見られると事なので、わざわざ茂みに入ったのだが、地味に草木がしっかりしていてローブの裾を引っ掻いたりテクスチャに小さなダメージを与えてくるのであまり好きでは無い。

「あまり……怪しげな所はありませんでしたね」
「そうかな? あの大きすぎる冷凍庫、かなり怪しいと思うけど」
「それでも何に使っているのかまでは分かりませんでしたから。本当に冷凍庫の改装工事が失敗したとも限りません」
「まあ、それもそうかな」
「……ともあれ、一度庭園に――」

 不自然なところで言葉を途切れさせたクライドが勢いよく顔を上げる。急な挙動不審にイオは吃驚して固まった。

「どっ、どうしたの?」
「――いえ、何だか誰かに見られているような気がして。……気のせいだったみたいです」
「えっ、まさかホラー系!? 止めてよ、結構苦手なんだから!」
「え? いや、ホラー的な意味合いは全く無いんですけど。まあ、取り敢えず、庭園に戻りましょうか。成果をクロノス様に報告しないと」
「そうだね」

 ***

 ガト族の集落に住まう少女、ラパンは悶々と考え事をしていた。ここはガトの集落にある、小さな丘の上だ。見晴らしが良く、昼寝に最適な場所なので暇な時はたまにここで転た寝をする事もある。
 それはいい。

 問題はこの爽やかな景色に似付かわしくない、屈強な男2人組だ。
 片方は叔父であるディグレ。もう片方は叔父の親友であるロボ族のリュコス。彼等は顔を突き合わせ、青空の下で双眼鏡を覗き込んでいる。控え目に言って、不審者以外の何者でも無いだろう。

「ねえ、おじさん。どうしてそんな怪しい事をしているの?」
「あ? 別に俺は怪しくねぇよ。逆に俺等の方が怪しい連中を監視してんだろ」
「ううん。おじさん、十分に怪しいよ……」
「というか、なんでここにいる? ラパン」

 双眼鏡をリュコスに投げ渡したディグレが恐い顔をする。と言っても、威嚇以上の意味合いを持たないのでまるで恐くは無かったが。

「おじさん達がコソコソ怪しい事をしているからだよ」
「わざわざ見に来たってか? パンテラが心配するぞ」
「お母さんは最近忙しいみたいで、あんまり私に構ってくれないの」
「は? マジで?」

 パンテラ、というのはディグレにとっては妹でありラパンにとっては母親に当たる人物である。
 そんな妹の動向が不自然だったのか、ディグレは目を細めて首を傾げた。

「あん? アイツ、とうとう子育ても出来ないくらい耄碌したか?」
「結婚すら出来ていないおじさんには言われたくないと思う」
「厳しっ……」

 なあ、とそれまで黙っていた叔父の親友・リュコスが不意に口を開く。

「やっぱり出入りしてるな。商船から」
「誰だった?」
「いや、流石に遠すぎて分からん。この双眼鏡、ピントとか変えられないのか?」
「いや俺に聞くなよ。お前の私物だろうが」

 俄に盛り上がってきた叔父達の会話に割って入る。放置されるのは嫌いだ。

「ねえねえ、ディグレおじさん。私にも双眼鏡見せてよ」
「それどころじゃねぇんだよ、黙って座ってな」
「お母さんに言いつけてやる」
「クソ面倒臭ぇ事するなって……」