3話 学者達の乗る船

10.トークタイム・上


 その後、クライドはいくつかのクリタ島についての生活模様をマーカスに話して聞かせた。非常に無難な、しかし自分達とは圧倒的に違う暮らしを。
 それでも学者のその人は何かを理解したように黙ってその話を聞いていた。

「――俺からお話出来るのはこのくらいですが、次は逆に俺から聞いても良いですか」
「うん? 珍しいな、君達が外部の存在に興味を持つのは」
「どちらかというと興味が無い方々が多いだけで、俺のように興味がある奴もいる、という事です」
「確かに、それもそうだ。不躾な事を言って悪かったね。話に付き合って貰った礼として、私に答えられる事であれば答えよう」
「よろしくお願いします。……まず、レース・ノワエというのは何の事なんでしょうか?」

 聞いた事があるような無いような単語が出て来た。突っ込んだ質問をしたと思ったが、当のマーカスは苦笑いしている。

「私達がレース・ノワエを名乗って良いのかは正直微妙なところだがね。レース・ノワエは海を跨ぐ商船組織だ。自分で言うのもなんだが、かなり大きな組織でね。何隻も船を持っているのだよ」
「この船もその一つだと?」
「そうともさ。この船は『文化研究V船』と呼ばれている。私達の役割は物の売り買いではなく、需要と供給の研究が近い」

 つまり、レース・ノワエという巨大組織に属しているこの船は詰まるところ、商船の売買に有利な情報を集める事が第一目標と言える。大規模組織らしいので、それぞれの船で役割分担をしているのだろう。また、『V船』と名乗るくらいなのだからTやUがあってもおかしくない。
 そうなってくると問題になるが、万が一彼等がクロノスの捕縛対象であった場合、この船だけが対象となるのか組織全体が対象となるのかだ。後者であった場合、人員不足は否めないだろう。

 それを分かっているのか、深く頷いたクライドは更に質問を続ける。

「ここへは文化研究をしに来たと言っていましたが……。物品の販売は目的ではないんですね?」
「第一の目的では無いな。ただし、何か欲しい物があれば物々交換でも、普通に商売でもするだろう。まあ、君達は我々を警戒してそもそも船に近付いてこないがね」
「成る程……」
「何か欲しい物があれば応じよう。一応はこの船も商船の端くれだ。尤も、君達しかこの船には来ないが」

 ところで、とここで唐突に危惧していた事が起こった。やや不思議そうな顔をしたマーカスがイオを見やり、そして首を傾げる。

「君はここへ来てからずっと無言だが、人見知りなのかね」
「えっ、あ……」

 急に話を振られた事に驚き、思わずしどろもどろな返事をしてしまう。それをフォローするようにクライドが割り込んだ。

「はい、彼女は重度の人見知りで。あまり気にしないでください」
「そうかい? 何か訊きたい事があるんじゃないのか?」

 しつこく食い下がって来た。何か知りたい事があると思い込んでいるようだ。仕方無い、ここは何か質問しておかないと話が進まないだろう。
 どうしようもないので、イオはかねてより疑問に思っていた事を訊ねた。

「この……床なんかに置いてある毛皮って、本物なんですか?」
「ああ、勿論さ。昔行った島で獲ってきた獲物だ。何せ、美しい獣の革を集めるのがちょっとした趣味でね」

 ――この人とは仲良くなれなさそう。
 動物の毛皮が一定の需要を持っている事は知っている。しかし、どちらかと言うと動物愛護団体寄りの自分としては理解に苦しむ趣味だった。彼とは仲良くなれなさそう、というのが率直な感想である。
 そもそも開いていなかった心の扉に施錠をも施したイオは今度こそ黙った。嫌な事実を発掘してしまったので、もうこの船から下りてしまいたい。

 不穏な空気を感じ取ったのか、咳払いしたクライドが強引に話題を変える。彼は仕事に従順な人物だ。

「不躾な質問ですいませんが、マーカスさんはその、人間……?」
「そうだね。まあ、人間なんて君達と比べれば非力な生き物だ。あまり警戒しないで貰いたいものだよ」

 逆に、と自然な流れでマーカスの質問タイムに戻る。この人、恐らく言葉さえ使えれば他人の心を解きほぐすのなど簡単なのだろう。今回のクリタ島はそもそも住民がお話してくれる相手ではないので、苦戦を強いられているようだが。

「君達は生活をしていて不便だと感じる事は無いのかい?」
「俺達ですか? いえ、特に考えた事はありませんが。何故でしょう?」
「我々人間は同じ種族同士で数が多くいるが、ロボ族やガト族に分かれてこの小さな島で生活をしている訳だろう? 異種族同士の抗争なんて珍しい事でもない。ここでは、そういった事は起きていないのかい?」
「良くも悪くも強者運営ですからね。ロボとガトの2種族体勢で運営しています。力こそ全てです」
「そうか……。そちらの君はどうだろう? 女性には住み辛い場所ではないかね? 何せ、この通り強者社会のようだが」

 ――また私に振ってきた!!
 この人、何故さっきからこちらに話を振るのだろうか。まさか、部外者である事に気付かれているのか。よく分からん話題を振られても困る。