3話 学者達の乗る船

09.マーカスの目的


 その後、特に説明する事の無い小部屋が続き、いつの間にか船内の探索は終了していた。やはり基本的には陸で商売や学者関係の仕事をするのがメインらしく、船内は如何に快適に且つ利便性に富んだ生活が出来るのかが重要らしい。

 ともあれ、案内を終えたグスタフは最初、こちらへチラッと話をした話を再度口にした。

「えーっと、それで、そう、うちのリーダーがお前さん等に会いたがってんだよ。マーカスってんだが、ちょっと会って話をしてやってくれねぇか?」

 そうだった。リーダーさんとやらが、ロボ族やガト族の重要な話を聞きたいと言っていたのだった。正直、イオ自身には答えられる事が一切無いのでクライドの判断に任せる他無い。
 そんな彼はここで断るのは不自然だと考えたのだろうか、思いの外あっさりと首を縦に振った。

「はい。船を見せて頂いたお礼に、俺達でよければ好きなお話をします」
「おう、助かるぜ」
「ただし、1つだけお願いがあります。こちらのイオさんですが、大変な人見知りで。一緒にお伺いしても良いですか?」
「了解。マーカスにはそう伝えとくぜ。じゃあ、まあ、取り敢えずアイツの部屋に移動するか」

 こっちだ、と案内業に戻ったグスタフの背を追う。クライドの咄嗟に吐いた大嘘のお陰で、無知な自分は話をしないでいいようだ。人見知りのふりをして黙っておけばいい。

 ***

 船の最奥、豪奢なドアを越えた先がリーダー・マーカスの執務室だった。先程は案内されなかった、船員達の居住区でもある。
 それとなくした世間話によると、基本的に船員達は4人1組の部屋割りとなっているらしいが、リーダーであるマーカスは当然個室。船を操縦する船長なども個室を宛がわれているらしい。これが序列社会か。

 そして、マーカスの執務室兼自室は非常に広々としていた。壁はたくさんの本棚に囲まれ、重厚なアンティークの机はかなり高価な物である事が伺える。
 何より目を惹くのが。
 過激な装飾品の数々。見た事も無い鹿のような動物の剥製、何か肉食獣を思わせる獣の皮、大きな爬虫類の鱗から作られた靴――
 動物好きな人間から見ればあまり気持ちの良い部屋ではない。それだけで、リーダーであるマーカスが人間以外の生物を何だと思っているのかが伝わってくるかのようだ。

 そんなイオの心情とは裏腹に、こちらの姿を認めたマーカスが椅子から立ち上がって大袈裟に歓迎の仕草を取る。両手を広げ、まるで心から来客を歓迎しているような態度はしかし、どこか白々しく見えてしまうのだから不思議だ。

「やあ! 待っていたよ! グスタフから連絡が入った時からずっと、君達と話がしたいと思っていたんだ! ああ、今日は何て良い日なんだろう!」
「初めまして、ミスター・マーカス。俺はクライド、こっちはイオです。共にロボ族の集落からやって来ました」
「これは失礼、私はマーカス。一応、この船を取り仕切っている者さ。とはいえ、固くならずフランクに接してくれて構わないよ」

 互いに紹介をしている間に、グスタフは部屋から退室してしまった。用心棒のような役割も担っていると言っていたから、部屋の外にはいるのかも知れないが。

 続いて、頼みの綱である同僚・クライドに視線を送る。彼はディグレと対峙していた時よりずっと落ち着きを払っているように見えた。少なくとも、何か致命的なボロを出す事は無さそうだ。
 ただし、マーカスを疑わしいと思っているような空気はひしひしと感じられる。

「それで、俺達の話を聞きたいと言うのは? 特に面白い話は出来ないかと思いますが」
「ああ、面白くなくて結構。世の中の全てが面白い事である必要は無いだろう? 私はただ、君達の事が知りたいだけなのだよ」
「俺達の事を?」
「そうとも! この閉じられた島に生ける、生態系の神秘。君達の感じる事思う事、それら全てを知り尽くしたい」

 典型的な研究者気質。今はまだ大人しくしているが、研究が思うように進まなければ、強行しかねない勢いがあるように思える。自然とクライドの空気感もピリピリしたものへと変わっていく。
 そんな事には気付くよしも無く、マーカスは話を続ける。この説明をしている1分1秒でさえ惜しいと言わんばかりに。

「この排他的な環境では、誰にも話を聞けなくてね。少々調査が難航していたのだよ。つまり、私が君達から聞きたい事は、君達の日常だ。どんなものでもいい、どういう生活を送っているのか無知な私に教えてはくれないか」
「……ええ。俺達の生活風景、日常で良ければ」

 クライドはそう言ったが、あまりマーカスの言葉を信用出来ない自分がいる。何と言うか、裏がありそうなのだ。女子高生として同級生の顔色、先生の顔色を伺いながら社会の片鱗を見て来た身としては――嘘は言っていないが、本当の事も言っていない感じ。