3話 学者達の乗る船

07.コレクションルーム


 しかし、話をしろ、というのは無茶な話だ。クライドはともかくイオは島の事など一切知らない。何か聞かれたとしても、何も答えられないだろう。嘘八百を並べていいのであれば話は別だが。
 助けを求めるように、クライドへ視線を送る。彼は先頭に立ったグスタフをチラ、と見て小声で声をかけてきた。

「大丈夫です、上手く誤魔化します。俺から離れないで下さい」
「了解」

 そうこうしている内に、用心棒が広々とした甲板を指し示す。
 どうやら停泊中の快適空間でもあるらしい甲板には、ビーチパラソルやらビーチチェアなどが置かれており、ややリゾート感を醸し出していた。確かに潮風は気持ち良い訳だし、絶好のシチュエーションではある。
 それにしても、たくさんの船員が乗っているのだろうか。豪華客船程のサイズ感はある。尤も、イオ自身が豪華客船になど乗った事が無いので正しくは不明瞭だが。
 とにもかくにも――

「大きな船だなぁ……」
「そうだろ、嬢ちゃん。これで世界中を旅してるんだぜ」

 気をよくしたグスタフに肩を叩かれる。テンションは完全に酔っ払いの中年だ。
 少し引いていると、グスタフはそんなこちらの状態には気付かず、船内へと足を向ける。

「こっちだ。甲板ばっか見てたって仕方ねぇからな。船内に案内するぜ」
「ええ、お願いします」

 あっさりグスタフへ付いて行くクライドを慌てて追いかける。確かに、何も無さそうな――と言うより野晒し状態の甲板にクロノスや彼が求める手掛かりは転がっていないだろう。

 グスタフが最初に案内してくれたのは、所謂コレクションルームのような部屋だった。博物館か何かのように、各所で集めて来たであろう品物が所狭しと並んでいるのがすぐに分かる。
 上機嫌な案内人はドアを開けた先に広がる部屋を見た通りに説明し始めた。

「ここは宝部屋だな! 今まで行った色んな所の土産とかが飾ってある。貴重品もあるが……まあ、ガラスケースに入ってるからな。大暴れしない限りは壊す事もないさ」
「入って良いんですか?」

 中へ、と促す彼に思わずイオは訊ねる。本当にこの高価な物が並ぶ部屋に他人を入れていいのか、その確認だ。

「おう、構わねぇさ。ただまあ、掃除が大変だからガラスにはベタベタ触ってくれるなよ!」
「はあ……」

 さあさあ、と半ば強制的に部屋の中へ足を踏み入れる。
 相方のクライドはと言うと、それなりに楽しんでいるのか神妙そうな面持ちで周囲を見回していた。少しばかりウキウキしているようにも見える。

「何だか色々置いてあるね、クライド」
「はい。俺も正直、島から出た事なんてないので珍しい物ばかりで少しだけ興奮しています。何せ、普通に生きていればこの船にお邪魔する事なんてありませんでしたから」
「そうなんだ? まあ、いい歳だし、たまには旅行とかも良いんじゃない?」
「はは、それもそうですね」

 あまり色よい返事ではなかったのに首を傾げつつ、目に留まった綺麗な石のようなものをまじまじと観察する。何て綺麗な色なんだろう。宝石とはまた違った光沢を放っている。
 改めて日本とは全然別の次元の世界に来てしまった事を感じていると、グスタフから声をかけられた。

「ほんじゃま、次へ行ってみようかね」
「はい」

 明かり消すぞ、とそう言う彼に後押しされイオもまたコレクションから目を離して、案内人の背を追った。

「凄い部屋だったね。船の中に博物館みたいなのがあるってちょっとオシャレな気がするよ」
「何ですかその基準。そうですね、俺も、もし許されるなら船にでも乗ってあらゆる国をこの目で見てみたいものです」
「仕事が終わってからすればいいじゃん」
「それもそうですね……」

 曖昧な返事を追求しようとした、その時だ。
 異様な寒気に身震いしたイオはその足を止めた。見ればクライドも疑問顔で立ち止まっている。
 テクスチャで感覚の鈍いこの身体ですら寒気を覚える程だ、相当廊下が冷えているのは明白。しかし、何故この一点だけ。

 何か違う物があるのか、と見回してみれば巨大な鉄扉があるのを発見した。間違いない、これから冷気が漏れ出ている。何の部屋なんだこれは。

「どうした?」

 動かなくなった客を前に、案内人が振り返る。堪らずこの異様な寒さについて訊ねた。

「あの、何だかここえらい寒くないですか?」
「……あー、そうなんだよ。実は色々あって、冷凍庫を超大型改造する事になってよ。急造だったもんで、この辺冷えるんだよなあ。悪いな、寒い思いさせて。ここを過ぎりゃ寒くなくなるから」

 ――これ、巨大な冷凍庫なのか!
 やはり船旅をしていると食糧の保存方法には気を遣うのかもしれない。