3話 学者達の乗る船

06.船乗り兼用心棒


「さあ、行きましょうか。堂々としていれば何も問題はありません。観光気分でいてくれて結構です。中に入ったら、何か様子がおかしい物が無いかをそれとなく観察してください」
「はいはーい」
「その調子です! 付いて来て下さい」

 隠れていた茂みから出て来たクライドは服に付いた砂埃などを軽く払う。イオもまた、それに倣って同じような動作を取った。確かに来客が埃まみれでは、文明人らしい学者船の方々も辟易してしまう事だろう。あと掃除が大変になるかもしれないので、やはり身嗜みは大事だ。

 一度こちらへ目配せした彼は真っ直ぐに船へ向かって歩いて行く。当然それに付いて行ったところ、目と鼻の先にあった船に程なくして到着した。

 近付いて見るとよく分かるが、船と陸には上り下りが楽になるように、スロープのような橋が架けられている。人一人が通れる程の幅だ。そして、不法な侵入者を許さないとばかりに屈強な男が1人立っているのも目視出来た。
 あれは入る者をコテンパンに伸す為に配置された人ではないのか? そんな疑問が脳内に湧き上がる。どうしよう、急に襲いかかってきたら。

 しかし、その心配は杞憂に終わった。
 橋の前に立つその人物は近付いて来たイオ達を見てフレンドリーそうな笑みを浮かべ、軽く手を振ってきたのだ。旧知の間柄にするようなものではないが、敵意が無い事を示すのにはこの上無い挙動と言える。
 男はこちらが口を開く前に喋り始めた。

「お、集落の住人か? 船を見に来たんだろ」
「はい。島に外からの船が停まる事なんてそうそうありませんから、気になって」
「坊主、お前も船乗りになるか? はっはっは!」

 海の男風の彼はそう言うとカラッと笑った。そして親指で自らを指し示す。

「俺はグスタフ。見ての通り、船乗りで用心棒もやってる。海は良いぜ!」
「用心棒、ですか?」
「まあ、適材適所ってやつだな。うちの船は学者をたくさん乗せてるが、戦闘が出来ない奴も多くいる。商売やってると、泥棒に入られたり金品を寄越せとか要求してくる不届き者が多くてな! 俺みたいなのも必要って訳だ!」

 ――成る程、確かにそうかもしれない。客船に警備員が同乗しているのと同じ理由だ。見た目が明らかに武闘派のおじさん、という事以外は。
 ところで、と男――グスタフが訊ねてくる。

「何だってうちの船なんか見たいんだ? 1週間くらい停泊してるが、集落の連中はお前等が初めてだ。誰も見に来やしねぇ。遠巻きにされてんのかね? あーっと、失礼だがお前達は四種族のどちらさんだ?」

 ――四種族って何!?
 ロボ族とガト族しか知らないので、ちら、とクライドの指示を仰ぐ。そういえば、他にもこの島には他種族がいた気もするし、いなかった気もする。
 イオの焦りなど露知らず、笑みを浮かべたクライドは問いに答えた。

「俺と彼女はロボ出身です」
「ああ、やっぱりな! うちのリーダーに聞いたが、ここではロボとガトって種族が有力種なんだろ? お前等と仲良くできねぇと、他2つとも交流を図れないって学者達が嘆いてたぜ」
「そうですね。皆さん、俺達に遠慮をしているようです。気にしなくて良いのに」
「仕方ねぇよ、こんな狭い島だ。有力種族に目ぇ付けられたくないのさ」

 こちらに対して説明している訳ではないだろうが、この会話のお陰でクリタ島の全容が見えてきた。成る程、種族間で上下関係が一応存在しているのか。

「他の方々は知りませんが、俺、実は島の外に出た事が無くて。よろしければ、船を見学させて貰っても良いですか?」
「おう、良いぜ! そっちの子も一緒にかい? ずーっと無口だけど」
「ああ気にしないで下さい。彼女は人見知りなんです」

 そんな事実は一切存在しないが、余計な口を挟むべきではないと流石に分かったので本日は人見知りキャラで押し通すとしよう。ロボ族の人見知り少女。うん、どれも自分の正式な情報に一切当て嵌まらない。

 橋の前から退いたグスタフが仰々しくその橋を手で示す。

「2名様ご案内、ってね。その橋、結構波で揺れるから気を付けて登れよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「おうさ!」

 クライドが橋を突き進み、その後にイオも続く。最後尾にはグスタフがいて、どうやら一緒に船へ乗り込むようだ。橋の見張りはいなくなるが良いのか。
 甲板に辿り着くと、そうだ、とグスタフが何事か思い出したように話し掛けてくる。

「絶対に無理だってんなら強要はしねぇが、船を一通り見て回ったら、うちのリーダーとちょっと話をしてやってくれねぇか?」
「と言いますと?」
「それがよ、文化研究にこの船は来てるんだが、お前さん等マジで警戒心強すぎなんだよな。話すら聞けねぇ状況が続いててよ、こっちも研究が全く進まねぇんだ。そこで、お前等の話を聞けばちょっとは足しになるだろうし、そもそもリーダーが誰かここに来たら部屋に通せって言ってんだよ」
「承知致しました。是非、リーダーさんのお話も聞きたい事ですし俺達で良ければ話をさせて下さい」
「何か……、今まで会った誰よりも畏まってんな。お前」

 畏まっていると言うより、恐らくは礼儀正しいと形容するのが正しいだろう。ただし、丁寧すぎる程丁寧なクライドの口調は、恐らく警戒心の表れだ。現に、同僚である自分への口調はほんの少しだけ砕けている。
 案外と分かりやすく、素直な人物なのだろうか。彼のような同級生は周囲にいなかったので分かり辛いが。