3話 学者達の乗る船

05.初めての帆船


 ***

 テクスチャ騒動の翌日。
 イオは陰鬱な気分で今日の任務地に訪れていた。とはいっても、庭園から不思議な力で目的地付近にポンと移動させられるだけなので、庭園の主であるクロノスがゴーと言えば仕事の場所に辿り着いているようなものだが。

「わあ、大きな船……」

 そんなイオの目の前には帆船が停まっている。現代ではエンジンが搭載され、帆で動く船など絶滅危惧種であるので、飾り以外で帆船を見るのは初めてだった。
 巨大な帆は折りたたまれ、船は波の赴くままにゆったりと浮かんでいる。見ているだけで船酔いしそうだ。
 船を注視していると、同僚のクライドが話し掛けてくる。

「イオさん、あれが学者達の乗る商船です」
「今からアレに乗り込むの?」
「そうですね。普通に島民のふりをして、見学したいと言えば中を見せてくれるはずです。彼等は島民の生活を観察しに来ていますから」

 今日の仕事はこの船に乗り込み、聖異物に関する怪しい何かが無いかを探る事だ。正直、クリタ島に関してはディグレのせいでいまいち良い思い出が無いので今すぐにでも空中庭園に帰りたい。

 それに、とイオは心中で溜息を吐く。
 確か昨日、あまり肌の露出は出来ないと説明したはずなのだが、今着ている服の露出と言えば夏のTシャツのような露出具合だ。というのも、着ているローブが明らかに不審だったので、今から人に会うのにその格好は良くないとの事で着替えさせられた。
 ローブを久しぶりに脱いだが、外気に肌が触れている感触は無い。やはりテクスチャを強化したと言っても感覚が全面的に戻る事はないようだ。

 ちなみに一緒にいるクライドは最初から島民と似たような格好をしていたので、ローブを脱いでも全然違和感が無い。やはり故郷と言うだけはある。

「イオさん、俺からあの商船について少しだけ事前説明をしますね」
「お願いしまーす」
「基本的に彼等は、俺達が攻撃的な行動を取らない限り、表面上は友好的に接してくれます。そして、この間も言った通り現状において島にいる唯一の余所者になります」
「厳密に言えば私も部外者なんだよなあ……」
「それはノーカウントで」
「何を調べる学者さん達が乗ってるの?」

 学者の乗る商船、と言うからには商売もしているのだろうか。疑問は尽きない。

「文化を調べる学者、と本人達は言っていますね。レース・ノワエという商船の一部で、彼等の船は文化研究の学者が乗っているそうです」
「大きな組織の一角って事?」
「ええ。ですが、レース・ノワエ商事は今回は関係無いでしょう。後にも先にも、商船がやって来るのはこのタイミングだけですから」
「そんなの分からないじゃん」

 また来るかもしれないよ、とそう思ったがクライドはそれを確信しているようだった。イオには教えられていない、商船側と島側の取り決めがあるのかもしれない。

「あの船は組織として動いている、と言うより学者の探究心を満たす為に動いています。今回は文化研究がメインのお仕事なんです。レース・ノワエは商人達の組織ですから、学者達の目的とは別になりますね。大きな看板を背負って、ある程度好きな研究に手を出しているのでしょう」
「バックアップみたいなものかな?」
「はい。後ろ盾のようなものです。……彼等には聖異物を開放する動機はありません。が、それを抑止する力も無い」
「ああ。やってもやらなくても良い、どっちにしろ影響は無いんだね」
「はい。面白半分で封印を解く、彼等にとってクリタ島とはその程度のものである――可能性があります」

 それと、とクライドは目を細めて船を観察している。

「島側と船側で取り決めが幾つかあります。船の人間は、その船で寝泊まりをする事と集落に近付く時は集落の誰かと一緒である事。攻撃行為には相応の報復をする事。これらを守れるのであれば、島から追い出しはしないと、決めてあるんです」
「色々と条件を出しているんだね、島の方が」
「探られるというのは、少なからずストレスを伴いますからね。制約があるのは当然と言えば当然なのかもしれません。だからつまり、何が言いたいかと言うと――彼等は、表立って派手な動きはしないんです」
「実は焦臭い事をしてるんじゃないの? って疑って掛かるのが今回の調査?」
「言い方は悪いですが」

 ――何だかスパイごっこみたいだなあ。
 緊張感の無いイオの脳内感想はかなりの平凡さと、ポンコツさを物語っていた。