3話 学者達の乗る船

04.新しいテクスチャ


 ***

 ――1時間後。
 空き地で剣を振るい、身体を動かしていたクライドは気配にその手を止めた。ガサガサと隠しもしない足音の方を振り返る。

「……え、イオさん?」

 判断は服装。あの黒いローブは健在だ。ただし、そのフードは外され、今まで頑なに隠してきた顔をあっさりと晒している。イオと思わしき人物は何故か得意げな笑みを浮かべた。

「どう? 職人さんからちゃんと顔も作って貰ったけど」
「え、ええ。俺と同じ歳くらいでしょうか。あまりにも言動が、その、お元気なようだったのでもっと幼い方を想像していました」
「悪かったね、そそっかしくて!」

 イオは少し憤慨しているようだった。思わず失礼な事を口走ってしまったので、心中で謝罪する。
 謝罪しつつも、彼女の初めて見る顔を失礼にならない程度に見やった。黒髪を上手く編み込んでおり、黒い双眸をしている。ここいらではあまり見ない姿でありながら、何か誰かに似ているような謎の既視感を覚える存在だ。

「どうかしたの?」

 見られている事に気付いたのだろうか。イオが首を傾げた。思わずその顔を逸らす。

「あ、ああいえ。改めて、初めまして、イオさん」
「ああうん、初めまして」

 彼女はとかくよく笑う人物だった。こちらが何か話し掛ければ笑顔を見せ、何かアクションを取れば笑う。笑うのは健康に良い、と母がよく言っていたのを頭の片隅で思い出した。
 全体的な印象は、コミュニケーション能力に恐らくかなり優れているという事。癖なのか、話し掛ける度に笑顔を見せてくれるので警戒心を思わず解いてしまいそうになる。恐らく世渡りがかなり得意な性格をしているのだろう。
 更に生じる人畜無害感。戦闘を野蛮と称するあたり、彼女はかなりの平和主義社だ。それが雰囲気に現れているのが分かる。

「そうだ、クライド。職人さんからテクスチャについて何個か注意があって。私一人じゃ守りきれないし、何かこういうのって話した方が良いんでしょ? 報告しておこうと思うんだけど」
「それもそうですね。貴方の命に関わる事かもしれません、詳しくお願いします」

 一つ頷いたイオは相変わらず黒い手袋を嵌めたままの状態で、着ている服装一式を指し示す。

「テクスチャは強化して貰ったけど、そもそも普通に存在出来ている人よりずっと脆いのは変わらないんだって。だから、このローブと手袋は続投ね。肌とか、あんまり外気に晒さないように言われているから」
「そうですか、仕方ありませんね。俺もイオさんが薄着をしていないか、極力注意をして見ていますから」
「あと、やっぱりこの特殊能力? とかもテクスチャには負担になるから、乱発は避けるようにって。腕が取れたり、足が取れるくらいなら直せるけれど、バラバラになって私自身が霧散したらもう直せないらしい……」
「わ、分かりました。肝に銘じておきます」
「それじゃあ、私は折角視力も補強して貰ったし庭を散歩してくるね。いやあ、よく見えるって良いね!」
「視力もよく無かったんですか?」
「うんうん。クライドのイケメン顔がこれでもかってくらいよく見えるよ」
「えっ」

 じゃあ、と言ってイオは歩き去って行った。本当に庭園内部を散歩するつもりのようだ。止める気は無いが、思わぬ言葉に一瞬だけ思考が止まった。何と言うか、彼女は今まで生きてきて、周囲には居なかったタイプである。