3話 学者達の乗る船

03.女神からの忠告


「ともかく、テレポート、使ってみましょう。どのくらい移動出来るのか把握させてください」
「了解」

 クライドの言葉に従い、能力を使用する。特に場所の指定はせず、庭園の端まで移動する気持ちだけを込めた。

「――……うーん、あんまり飛距離は長くありませんね」
「うん、私もあまりにもあっても無くても一緒みたいな力で驚いてるよ」

 移動距離、1メートル強。移動に力を込める時間を鑑みても、走ってその場から移動した方が早いだろう。暗い面持ちの同僚を見ていると、その事実がすんなり理解出来た。首を捻りながら、彼は独り言とも話し掛けているともつかない言葉を吐き出す。

「これは、鍛えれば距離を伸ばす事が出来るものなのか……? いやそもそも、イオさんはテクスチャを貼られている状態で、本来の状態では無いのだから能力の機能が低下しているのかもしれないな……」
「確かにこの変な能力を使う度に、テクスチャが嫌な音を立ててるのは分かる」
「ええ!? 回数制限もあると、視野に入れておいた方がよさそうですね」
「だけどさ、最悪私がバラバラに分解されても何か平気のような気もするよ」
「いやいやいや! 最終手段ですよ、そんなの。折角、実体を持てているんですからその身体も大事にしましょう」

 かなりの常識人、クライド。彼の人道に倣った言葉は本当に癒やし効果がある。この先、何があっても見捨てられる事は無さそうな、放置されて捨て駒にされる事は無さそうな謎の信頼感さえ覚える程だ。

「クライドは、友達とかたくさんいそうだね」
「どうしてそう思うんですか?」
「性格が良いからかなあ……。うん、やっぱり友達多そうだわ」
「そうでしょうかね。皆さん、確かに俺の事は良い人だと言ってくれますけど、だけどそれだけですよ。交友関係にはあまり良い思い出がありません」

 そう締め括るとクライドはそのまま閉口した。彼のたまにある、触ってはいけない話題だったようだ。仕方無く話題を振った張本人であるイオもまた、そんな話など無かったかのようにそれ以上の詮索を封じる。
 案の定、クライドの方から話題を変えてきた。まるで何事も無かったかのように、関係の無い話を始める。

「そういえば、イオさんは今日、テクスチャを良い物に貼替えるんでしたね。出来ればそのフードは取ってお話が出来るようになればいいのですが」
「ああ、そういえばフードだったね……」
「邪魔じゃないんですか? そのフード」
「邪魔って言うか、そもそも視界がデフォルトで悪いし、服を着てる感覚も曖昧だし、髪の毛が生えてる状態でも無さそうだから……。邪魔って事を感じ取る事が出来ないわ」
「そ、そうですか。なかなかに壮絶ですね……」

 引き攣った顔をするクライドをボンヤリ見ていると、不意にクロノスがふらりと現れた。彼女は特殊な方法で庭園の内部を移動しているのかもしれない。今も唐突に現れたかのように見える。
 そんな彼女はその隣に大柄の男性を連れていた。如何にも職人と言った体の人物だ。恐らく彼がテクスチャ職人とやらだおるな、と直感する。

「待たせたわね、イオ。テクスチャ職人を連れてきたわ。これで状態が改善すると良いのだけれど」
「どうも〜」

 間延びした礼を口にしつつ、頑固そうな男を見やる。彼はこちらの姿を上から下まで睨み付けるように観察していた。じろじろ見られてはいるが、それはイオという個人を見ているのではなく、貼られているテクスチャを見ているのだとすぐに理解出来る視線だ。

 職人に気を取られていると、クライドに何か話し掛けていたクロノスの言葉が今度はこちらへ向けられる。

「それじゃあイオ、流石にここじゃテクスチャの貼り直しが出来ないから個室へ移動して貰うわ。彼に着いていって」
「はい、了解」

 行くぞ、と短く言われ、男の背を追う。何か考え事をしているようで一切の世間話は期待出来なさそうだ。

 ***

 クライドは職人に付いて行く黒いてるてる坊主――イオを見送りつつ、今後について考える。
 自分が彼女の事を知りたがるように、彼女もまた怪しげな自分達の存在を理解出来るものとして捉えようと努めているようだった。色々と話が出来ない事は大変申し訳無いし、彼女も彼女で人畜無害そうなので仕事を遂行するにあたり必要な事は一通り伝えた方が良いのではないだろうか。
 しかし、全てを教えた後で裏切られたら?
 実際、まだ何と戦っているのかさえ不明瞭な状態だ。彼女が絶対に安全だと確信して良いのだろうか。テクスチャも雑なのを理由に、正体を隠しているのかもしれない。端的に言ってしまうと、得体が知れない存在でしかないのだ。

「ねえ、ちょっと」
「……」
「ちょっと、クライド!」
「はっ!? あ、え、まだいらっしゃったんですか、クロノス様」
「ずっといたわよ! イオには聞かせられない話があるの。一旦聞いて貰って良いかしら?」
「あ、はい。了解です」

 溜息を吐いたクロノスが事務的な口調に戻る。恐らくかなり大事な話だ。クライドは無理矢理思考を打ち切った。

「それが、時系列関係の神族とは関係の無い神族が変な動きをしているわ。貴方について無用のダメだしをしてくるかもしれないけれど、何か訊かれても何も答えないで。全ての事の回答は私を通す事。いい?」
「俺の事で……。すいません、分かりました」
「気にする事は無いのよ。全ての責任は私にあるもの。あと、イオについてだけれど。貴方、ちょっと絆されてきているんじゃない? 彼女、ちょっと不審な点がいくつかあるから深い話はしないように。分かった?」
「……ええ、承知致しました」

 ――本当に彼女は危険人物なのだろうか?
 不意に掠めた疑問。それは頭を振って否定し、蓋をした。