2話 ドキドキ!第一島民との出会い

07.小さな乱入者


 それを見てか、男が嗤う。

「弱いのが一人残っちまったな。ま、これも自然の摂理ってやつだ。諦めてくれや」

 そう言ってこちらに男が躙り寄ってきた、その瞬間だった。
 全く聞き覚えの無い、新たな人物の声が割って入る。

「ディグレおじさん、待って!!」
「……!? ラパン……?」

 ディグレ、というのが男の名前だったのだろうか。耳をピンと立てた彼はその足を止め、声がした方を振り返る。
 イオもまた、その声の主を視界に入れた。
 年の頃なら中学生くらいの少女。白銀の長髪をお下げにしており、少し怯えたような表情をしている。透き通ったルビーの双眸が印象的な、将来は美人になりそうな女の子だ。

 男が気を取られている間に、脳に直接聞き覚えのある声が反響する。メテスィープスの時にも似たような経験をしたのであまり驚きは無かった。ただし、通信を試みているのは彼女ではなく新しい上司のクロノスだったが。

『貴方達、聞こえてる!? 状況が状況よ、今の内に庭園に呼び戻すわ』

 その言葉が聞こえた途端、視界が白く染まる。特に返事などは待っていないのだろう、あまりの眩しさにイオは目を閉じた。

 ***

 次に目を開けた時には懐かしさすら覚える光景、空に浮かぶ庭園こと、空中庭園とクロノスの姿があった。彼女は腰に手を挙げ、「危なかったわね……」と神妙に首を振り肩を竦めている。

「危うく殺される所だったわね。アイツの目、完全に獲物をいたぶる肉食獣のそれだったわよ。ガトはそういうところがあるんだから、もう」
「さっきの人、何だったんですか?」

 あまりの戦闘狂っぷりにわかり合う事は一生無いだろうなとさえ思った例の男について、女神様に訊ねてみる。彼女は神妙そうな顔をして問いに答えた。

「アイツはディグレ。ガト族族長の弟よ」
「久しぶりに会いましたけど、相変わらずガトを前面に押し出した性格でしたね……」

 終始やられっぱなしだったクライドが苦虫を噛み潰したような顔をする。そりゃそうだ、良いように遊ばれていたのだから心中穏やかではないだろう。

「クライド、途中で乱入して来た女の子は?」
「ええ。彼女はラパンさんです。ディグレさんから見ると、姪っ子という事になりますね。何故か叔父さんに付いて回っているようなので、今回も叔父を捜していたのでしょう」
「そうなんだ。何と言うか、良いタイミングで出て来てくれて本当に良かったね」
「ええ……。偶然でしょうが、助かりました」

 それにしても、とクロノスが眉根を寄せる。

「ラパンはともかくとして、ディグレは何故あそこにいたのかしら?」
「そうですね。現状、あの祠以外は何も無い場所でフラフラしている余裕は無い時期なのに」

 2人の会話の意味は全く分からなかったが、首を突っ込むのもあれかと思い黙って聞き流す。恐らく部外者である自分が理解をしていなくともよい話なのだろう。
 言葉が途切れたのを見計らい、イオは訊ねた。

「次はどうするの? 正直あの男の人……ディグレさん? あの人、恐いからあまり会いたくないなあ」
「そうですね。彼も十二分に怪しさはありますけど、次は船の様子を見に行ってみましょうか」
「そういえば、船がどうのってディグレさんとやらも言ってたね」
「はい。船、と言うのはクリタ島に現在停泊している学者の乗った船です。何の学者だったのかは忘れましたが、文明がどうのとは言っていた……気がします」
「考古学者って事?」
「そんなものです。彼等は現在、未開の地であるクリタ島を調査しに来ている一団で、今現在における唯一の島民では無い団体なんです」
「余所者って事ね」
「はい。ガト、ロボの取り決めにより行動を大きく制限されていますが唯一の余所者と言って良いでしょう」

 ――成る程。話が繋がってきた。
 ディグレが問答無用で襲いかかって来たのは考古学者の仲間だと思い込んだが故だろう。立ち入り禁止区域だったのかもしれない。

「私達、さっきの人に船の仲間だと思われたんだ」
「そうでしょうね」
「考古学者って事は、調査をしに来ているだけで今回の件とは関係無いんじゃないの?」
「……そうかもしれませんが、何にせよ来た時期が悪いですね。調査の対象にはなりますので、一度調べた方が良いでしょう」
「間が悪い時に来ちゃったなあ、その人達も」
「そうですね。でも、船の方達は良心的です。黒幕でない限りは、ディグレさんとの遭遇よりずっと穏やかな調査になりますよ」

 それなら精神衛生にも良さそうだ。次の仕事はあまり気を張らない仕事のような気がして、イオはゆっくりと息を吐いた。