2話 ドキドキ!第一島民との出会い

06.ド素人には厳しいお願い


 その時、見た。見てしまった。
 男の手、人間の部位で言えば爪にあたる部分。それが非常に鋭利で、まるで野生の獣じみた鋭さを持っているのを。刃物のように鋭いそれは、触れれば血が噴き出してしまいそうだ。

 勿論、ド素人の自分が気付いて居る事にクライドが気付いていないはずがない。彼はいち早く危険性を察知し、男の攻撃を素手で受け止めようとしたのをキャンセル。屈み込むように伏せ、地面を転がりながら男の腕を躱す。
 男の手はクライドの背後にあった木に激突した。大きな熊か何かが爪研ぎでもしたような跡がくっきりと木の幹に刻まれるのを、息を呑みながら見守る。

 引き攣った顔をしたクライドが叫ぶ。

「すいません、援護お願いします!」
「援護!? 私に何を期待してるの!?」

 何をどう援護しろと言うのか。全く以て謎だが一つだけ分かる事がある。恐らく、クライドと対峙している男に自分は近付かない方が良いという事だ。巻き込まれてご臨終しかねない。

「あ」

 ――いや待て! 私には何かよく分かんない不思議能力があった!
 そこで不意に脳裏を掠めたのは、メテスィープスの言葉だった。そういえば、普通の人間なら一大スターになれそうな不思議な力を貰っていたはずだ。

 気付いてしまえば話は早い。まるで足を速く動かし、走る事が出来るという当然の事象を思い出すように例の謎パワーの使い方を理解する。それは不思議な感覚ではあったが何故だか疑問には思わなかった。

「任せて、クライド!」

 遅ればせながらそう叫び、未だに小競り合いのようなものを続けている2人を観察する。クライドは得物を持っており、それで男の動きを牽制しているが、いまいち効いているようには見えない。
 男の方はその体付きからは想像も出来ない柔軟な動きでクライドを翻弄している。まるで本物の猫みたいだ。

 しかし、いつまでも観察している訳にもいかない。イオは男が立ち止まって、ゆっくりと獲物を追い詰めるようにじりじりと移動を始めたのを見て、その手を向けた。
 グラビティ――物を動かす力。それを一思いに男へと放つ。

「おっ……!?」

 何かを察したのだろうか。神経質に男の獣のような耳が反応したかと思うと、危険生物でも見つけたように全く見当外れの方向へ横っ跳びに移動。当然、イオが放った攻撃は目標を大きく外れ、罪も無い哀れな木々を薙ぎ倒した。
 猫の双眸がこちらを捕らえる。唇はにんまりと半月を描いており、横槍を入れられた事に腹を立てているのがありありと分かった。

「危ねぇだろうが。何しやがる」

 男の意識がこちらへ向く――と、その隙を突くようにクライドが手に持った剣で斬り掛かった。それさえも音か、もしくは気配というやつなのか。男はひょいとあっさり回避してみせた。
 クライドへの追撃を避ける為、同じ愚行を繰り返す。イオは再び能力を起動、男を吹っ飛ばそうと力を込めたが不発に終わる。

「これ、無理ゲーなのでは!?」
「よく分かってんじゃねぇか。分かったら、さっさと降参して良いんだぜ。まあ、どうなるかは分かんないけどな」
「お兄さん、恐そうなんで遠慮します……」

 余裕綽々、男の言葉を丁重にお断りする。何をされるか分かったものではない。
 一方で戦闘面については完全委託しているクライドは攻め倦ねているようだ。そりゃそうだろう、あれだけブンブン刃物を振り回しているのに、男に掠りもしない。

「この……!」

 状況の打開をしようと焦ったクライドが再度男に斬り掛かる。やはり、ひらりと軽やかにそれを回避した男もまた同じ事の繰り返しに飽きてしまっていたのだろう。
 躱すと同時、クライドが得物を持っている方の手をパシリと受け止める。それが如何にマズい体勢であるのかは、流石のイオにも理解出来た。
 ハッとクライドが顔を歪める。瞬間、男がクライドの腕を思い切り後ろに引き、クライドの上体が無防備に浮く。その腹部に男の膝がめり込んだ。

「ぐっ……!」
「く、クライド!!」

 あまりにも痛そうな音に、特に暴力を振るわれた訳でも無いイオもまた自身の腹を押さえた。あれは絶対に痛い音だ。自分だったら泣いてる。
 案の定、膝が入った部分を強く押さえたクライドがその場に倒れ込み、嫌な咳をゴホゴホと漏らす。絶対安静にしておかなければならない人の姿勢だ。

 クライドを再起不能に追い込んだ男は、当然のように続いてイオの方を見やる。その顔には悪びれもなく、しかし人を小馬鹿にしたような笑みが張り付いている。その顔を見た瞬間、次は自分の番だと悟り小さく悲鳴を漏らして後退った。