2話 ドキドキ!第一島民との出会い

05.猫の目


 硬直してやり取りを見守っていると、男が目を眇めた。クライドの返答を待たずして、煽るように言葉を紡ぐ。

「ここにゃ、普通の連中なら近付かねぇんだけどな。お前は……ロボっぽい雰囲気があるけど、そっちの男だか女だか分からないそいつ。全く生物味を感じない怪しげなのまで持ち込みやがって」

 そういって彼は視線でイオを指し示した。確かに、顔や輪郭も曖昧な自分は一等怪しい。全く以て弁解のしようもない。
 ここで自分が口を挟むとややこしい事になりそうだ。故郷だと豪語していたクライドにアイコンタクトを送る。彼もまた、見ず知らずの他人であるイオに余計な口を挟まれたくなかったらしい。小さく頷いている。
 代わり、今度はクライドが男を煽り始めた。

「そう言う貴方こそ、ガト族の方では色々トラブルが起きていると聞きますが、こんな所で油を売っていて良いんですか? 俺よりも貴方の方が数段不自然だ」
「……やっぱロボか。別に、それに関しちゃ俺が居たってどうしようもねぇだろ」
「だからといって、貴方がここにいる必要性もありません」
「お前それ、特大のブーメランだからな。怪しいローブなんざ被りやがって、その面、拝ませてみろよ」
「俺は日焼けに弱いんです」
「嘘吐け!」

 吐き捨てるように叫んだ男がスンスン、と鼻を鳴らす。猫が周囲の匂いを探るような動作は見た通り、それそのものだった。
 更に男の眉間に皺が寄る。

「お前等が着てる、その怪しげなローブは島の物じゃねぇな。余所の布だ」
「……まあ、商船も来ていますからね」
「ハッ! お前、あの怪しげな商人から物買ったのかよ。ますます怪しいな。まさか、買収されたのか?」
「俺がどこで何を購入しようと、俺の勝手です」

 というか、このローブは神様性なのでスーパーなどに行っても気軽には手に入らないかと思われる。勿論、そんな事を言ってもバカにしているのかと怒られそうなので黙っておくが。
 それに、とクライドが言葉を続ける。

「このローブは、別に商船で買った物ではありません」
「そんな事はどうだって良いんだよ。あの人間共が持って来た船の船員だろうが、そうじゃなかろうが――場所が悪かったな。何とか言い逃れしようたってそうはいかねぇぞ」

 じり、とクライドが数歩後退る。完全に警戒している目に、失われていたイオの緊張感も鮮やかに蘇った。

 先程までは飄々とした、相手を詰問する為の笑みを浮かべていた男の笑みの種類が変わる。それはまさに獰猛な、獲物をいたぶり、遊び尽くすネコ科の双眸。キュッと細くなった瞳が爛々と輝く。
 はっきりと身の危険を感じ、イオもまた決して背中を見せないようにじりじりと男から距離を取る。漠然と、背中を見せれば襲いかかって来るという確信があった。

 決して気は緩めず、男が舌舐めずりをする。もう目はそらせない。彼は人と言うより、猫か何かに違いない。

「船の人間はここに入るなって最初に約束したよなあ。勝手に人の島の中歩き回りやがって。兄貴もここに入って来た余所者は遠慮無く締め上げて良い、つってたからな。まあその、なんだ、覚悟しろ」
「短絡的な思考ですね。俺達が島民だったらどうするんですか。それに、商船の人間である事も貴方は何一つ証明出来ていない」
「まあ、そのよく回る舌を見たって、お前等が何か企んでるのは確かだろ。何にも違わないからどうしようがヘーキヘーキ」

 動じない。恐らく、男の懸念しているような人物でなかったとしても「ありゃ違ったか。はっはっは」、で終わってしまいそうな勢いだ。

「く、クライド……!」
「イオさん、隙を突いて逃げましょう。俺達であの人に勝てるとは思えません」
「だろうね!」

 明らかに鍛えている体付きを見て、イオは震え上がる。あんなしなやかな筋肉の付いた腕でラリアットなどされようものなら、一瞬で首が絞まって昇天である。しかし、具体的にどこへ逃げれば良いのか。

 そう長く考えている時間は与えられなかった。全く唐突に、呼び動作も何も無く思ったより軽やかに男が地を蹴る。音はほとんどしなかった。さながら、隠密性の高い猫のような静かさと言える。
 パッと動いた彼が最初に狙いを定めたのは、やはりと言うか何と言うかクライドの方だった。残しておくのが厄介なのはどう見たってクライドの方なので賢明な判断である。