2話 ドキドキ!第一島民との出会い

03.クリタ島


 ***

 イオの視界が開けた時、最初に思ったのは何て豊かな自然なのだろうか、の一言に尽きた。クリタ島という場所に着いたであろう事を認識し、周囲を見回す。これが森林浴の極致ではないのだろうか。生い茂る木々によって真昼であるようなのに、少しだけ肌寒い。しかし、その肌寒さは決して不快なものではなかった。
 都会には無い新鮮な空気を肺一杯に取り込むも、ボロいテクスチャのせいで、あまり大自然の恩恵を感じられない。残念な事だ。

「ここが……クリタ島?」
「ええ。ようこそ、クリタ島へ。まずは島内の簡単な説明をさせて貰います。お復習い、と言った方が近いですかね」
「復習は大事だからね」

 クライドが微笑む。何て好青年なのだろう。

「現在、島内には4種族がそれぞれの集落で暮らしています。取り仕切っているのは、ロボ族とガト族の二族。どちらも肉食動物がベースですので、当然凶暴性を一定以上持ちます」
「あまり出会わない方がよさそう」
「そうですね。弱肉強食社会なので、俺達がある程度の強さを見せられれば迎え入れて貰える可能性もあります。が、今回はそんな悠長な事をしている場合では無いのでわかり合うのはほぼ無理だと思って下さい」
「いや、肉食獣モチーフの人達を腕っ節で黙らせる事なんて絶対に無理だからあまり気にしなくて良いと思う」
「ううん、そうでしょうか? 拳で語り合うのが一番手っ取り早いんですけどね」
「私には厳しそうな社会だなあ」
「そうですね。基本的には余所者に厳しい島なので、その考えは正しいかと」

 ――そういう意味じゃねーよ!!
 単純に生活が困難な島だ、と言いたかったのだが余所者だから溶け込むのが難しいと受け取られたようだ。弱肉強食社会で一番最初に淘汰される側の人間の心を理解していないと見える。
 そんなイオの思いなど露知らず、クライドはにこやかに言葉を続ける。

「それじゃあ、調査を開始しましょうか。今居る場所はガト族集落の近くです」
「ガト族」
「はい。ネコ科っぽい種族の方々なので、とても気分屋且つ好戦的です。何もしていなくても、余所者と察知した瞬間に襲いかかってくる可能性があるので注意して下さい」
「ええ? それはどういった意味合いで襲いかかって来るのさ」
「余所者とは即ち、玩具にしても問題無い相手ですから。イオさんは、猫が虫や鳥で遊んでいるのを見た事はありませんか?」
「ああ。あの前足で転がしたり、引っ掻いたりして遊ぶやつ」
「そうですそうです。原理としてはそれと同じですが、相手は俺達より大きな人型をしたそれですから。玩具だと思われたら怪我じゃ済みません」
「ごめん、恐くなってきたから帰っていいかな?」
「脅かし過ぎましたね。さあ、一旦それは置いておいて行きましょうか!」

 置いちゃダメだろと思うのだが、クライドはそうではないらしい。メンタルどうなってるんだ。故郷だからある程度肩の力が抜けているのか。それさえも謎である。
 それに、と不意にクライドが声を潜めた。それはイオへの安心感を与える為の言葉ではなく、他でもない彼自身に言い聞かせるような意味合いが強いだろう。

「今は俺達に構っている暇なんか無いはず。派手な動きをしない限りはちょっかいを出してきたりしないはずだ……」
「そ、そうなの?」
「……え? ええ、はい。ですので張り切って行きましょうか。まず、聖異物封印の地へ」

 ***

 ――もっと近場に下ろせば良かったのでは?
 徒歩で目的地を目指す事1時間。イオは不意に脳裏を過ぎった言葉に、慌てて頭を振った。いけないいけない、歩き疲れているんだ。このままでは女神への理不尽な怒りが爆発しかねない。
 本来ならこんなに歩けば足は棒、息切れと動悸が止まらないはずなのだが、それはテクスチャのお陰だろう。疲れるという感覚が無い。足からミシミシと危なげな音が聞こえてくるのみだ。それでも十分に恐ろしいが、腕1本飛ばされた後ではあまり重大でないようにも感じられる。

「さあ、着きましたよ。何だか遠かったですね」
「だよね、クライドもそう思うよね。疲れはしないけど、流石に暇だったよ」
「そうですか? イオさんがずっとお喋りしているので、俺は退屈しませんでしたよ」
「あ、そう……」

 変な沈黙が嫌いなので絶えず彼には話し掛けてしまったが、額面通りの言葉を受け取って良いのだろうか。それとも、煩いから黙れと遠回しに言われているのだろうか。

 考え込んでいると、クライドがやや明るい声で「あれです」、と一点を指さした。

「あーうん、祠って感じ」

 小さな家にも見える祠。何だか非常に見覚えのある物に見えてしまう。というか、日本に普通にありそう。

「祠、見た事があるのですか? 流石は神子」
「いや見た事があるというか……。これ、誰が造ったの?」
「聖異物を封印した時、というのが俺はまだ生まれていなかったので言い伝えでしか知りませんが、何やら変わった格好をした旅人が封印方法を集落の皆に伝えて造ったらしいですよ」
「色々端折りすぎでしょ。要は、クライドも言い伝えレベルでしか知らないって事だね」
「俺の両親なら恐らくもっと詳しい話を知っているかと思いますが、今回会う予定は無いので」
「そっか。そんなに凄く気になった訳じゃないから、お気になさらず」

 仰々しい祠をもう一度観察する。やっぱり、日本で探せば割と見つかりそうな祠だ。旅人の話が少しだけ気になってしまった。