01.初仕事の話
空中庭園へ召喚されてから丸1日が経過した。つまり、夕方を通り過ぎ、夜を経て、現在は朝となっている。
余談だが、庭園の星空はそれはもう荘厳の一言に尽きた。もうここに一生住んでも良いかもしれないとさえ思う程の眺めだったと感想を述べておこう。
そんな現実離れした光景を視ようとも、現実は押し迫って来るものだ。
ガラスのドームのような、自然観溢れる温室のような場所に呼び出されたイオは、庭園の主である女神・クロノス、そして同僚のクライドと顔を突き合わせていた。
「それじゃあ、早速お仕事の話をするわね」
――そう、仕事だ仕事。
おさらいをすると、確か時を司る女神・クロノスが最初に言っていたお仕事というのは『不正な時間旅行者の捕縛』だったはずだ。何か人を捕まえたりする仕事なんだろうとざっくり理解してはいる。
では、今からのお話はどういう人物を捕縛するのか、という話に展開するのだろうか。クライドは分かったような神妙そうな顔で頷いているので、仕事とやらの概要を正しく理解しているようだ。
「とは言っても、クライドはそもそも仕事について分かっているしイオに説明をするだけなのだけれど」
「そうですね。私も昨日確か、何だかザックリとお仕事について聞いた気がするんですけどぶっちゃけ意味不明ですし」
「うん、まあ、そうなるわよね。まず、大まかな枠組みは昨日言った通り。不正な時間旅行者の捕縛。そして、今日からやって貰う事を今から話すわね」
「お願いします」
「今日からは下界にある、クリタ島という地域に行って貰うわ。調査活動、と言えばそれが正しいかな」
クリタ島。そういえば昨日、クライドが故郷だと言ってチラッと何か話をしていた気がする。
視線に気付いたクライドがそのままクリタ島についての解説を引き受けた。
「ええ。昨日、少しだけ話をしましたが確かに俺の故郷です。動物を模した種族が住まう島で、別名『動物島』。下界でも有数の危険地帯として名を馳せています」
「えっ、危険な場所なの?」
「住民が猛獣のような方々ばかりですから。余程、腕に自信が無いと八つ裂きにされる、だのとまことしやかに話されています。実際はもう少し人道的な島なんですけどね」
「じゃあ、私が現地人に見つかっても八つ裂きにはされない?」
「その時に怪しげな行動なんかをしていなければ、恐らく平気です」
――何が怪しげな行動に該当するのか分からないのだが。
不安を感じ取ったクライドは少しばかり困ったように笑っている。いやいやいや、困っているのはこちらの方だ。現地の作法なんて当然知らないのだが。
「取り敢えず、クリタ島については着いてからクライドに色々と聞いてちょうだい。で、クリタ島でやって貰う調査活動についてだけれど――今回の仕事の最終目標は、『聖異物』の封印が解かれるのを阻止する事よ」
「せいいぶつ?」
「神族が一番最初に創った、バランスもへったくれもない化け物の総称よ。とても危険な生物なの」
「創った?」
「そう。創造担当の同僚達が人間なんかを創る前に創ったのだけれど、あまりにもバランスっていう概念を考えずに生み出したせいで、繁栄や文明に関して頓着しない化け物になっちゃった生き物ね。まあ、要は神様の失敗作達ってところかしら」
「ええ? 創った時点で失敗したなと思ったら回収しておきましょうよ」
「私達、神族はおいそれと下界に下りられないのよ。命令を無視して下りる事は可能だけれど、神族辞めるつもりは無いから。3日間で処理をしろと上に命じられて、苦肉の策で封印を施したみたいだけれど、所詮は突貫工事。たまに人間達の中に何故か危険生物の封印とか解きたがる連中がいるのよね」
危なすぎる。なんでそんな危険生物を放っておいているんだ、と声高に叫びたいが叫んだところでどうにもならないので、口を噤んだ。沈黙は金。
けれど、とクライドがフォローのような言葉を挟む。
「聖異物については、クロノス様ではない神族の方々で手を打つという話になっているんですよね。今回は時間の件が絡んでいるので、俺達で処理をする事になってしまいましたが」
「そうなんだけど……。その話、一ヶ月も前から出てて、今現在は音沙汰無いのよね。何かトラブルが起きているとも聞くし、今回の私達の仕事を手伝ってくれる見込みは無いと見ていいわ」
「そ、そうですか。まあ俺はそれで構いませんが……。イオさんには負担を掛けてしまいますね」
「いえいえ〜」
途中離脱予定だから全然問題無い。むしろ、うっかり転生予定者を引き当ててしまったクロノスとクライドに同情してしまうレベルだ。万が一、途中で抜ける事になった場合はどうするのだろうか。自分の代わりの誰かをまた召喚するのだろうか。
「そして、すいません、イオさん。手合わせをする前にも言いましたが、俺には関われない場所が幾つかあります。その時は貴方を一人にしてしまうかもしれませんが、前もってご理解の程、よろしくお願いします」
「あ、そんな事言ってたね。でも居なくなる時は一言言って欲しいかな」
「うーん、どうでしょう。心掛けてはおきますが、そういう余裕が無い時には勝手にいなくなっているかもしれません、すいませんが」
「はーい、了解」
どのくらいの頻度で離脱するつもりなのだろうか、彼は。不安が拭えない。