1話 転生キャンセル

05.同僚からの質問・上


 ***

 5分で戻ると言ったクライドの言葉を信じ、突っ立って待っているイオは不意に宙を見上げた。何て長閑なのだろうか、小鳥の囀りが聞こえてくる。まるで天国みたいな場所だ。
 と、その囀っていた小鳥が全く警戒心無く、肩に止まる。鳥インフルエンザとか大丈夫かな、と的外れな心配をしていると、全く急に頭に声が響いた。

『イオ、聞こえている?』
「ひぃっ、脳に直接!?」
『鳥の形に変えて、貴方に連絡を取っているの。念の為名乗っておくけれど、メテスィープスよ』
「流石は神様……」

 連絡手段が斬新過ぎる。女子高生は恐れ戦いていたが、気付いた様子も無く女神は話を続けた。

『今貴方が、クロノス姉様の空中庭園にいる事は分かっている。けれど、何か色々とおかしな事が掘り出されてしまったわ』
「おかしな事?」
『焦臭いという事。悪いのだけれど、そのまま一時、姉様の手伝いをして。特に姉様が連れているあの青年――彼の事はよく見ておいて欲しい』
「ええ? 普通の人に見えますけど。あと、何か違法な時間旅行者? とかいうのを追ってるらしいですよ。ドラマみたい」
『本当にそんな仕事をしているのか見ていて、と言っているの』
「はあ……」
『そして、ついでに貴方の両親予定だった下界人の情報も調べている。何も分かっていない状態だから、もう少し今のまま耐えて欲しい。最初の親でなければ、意味が無いのかもしれない』
「このままどうにかしろ、って言われても。よく分からな――」
『私も今、上の指示を待っている。事態の動かしようが無いから、もう切る。誰か来たようだし』

 そう言うと、本当にプチッという音と共に何か回戦が落ちたような音がした。一方的に電話を切られたと言えばそれが最も正しいだろう。
 呆然と立ち尽くしていると、メテスィープスが示唆した通り、すぐに人影――5分で戻ると宣言したクライドその人がやって来た。きっかり5分。彼は非常に几帳面な人物と見た。
 そんなクライドはイオを見て目を丸くする。

「えっ、ずっと立ってたんですか? その辺にベンチとかあるので、座ってて貰って良かったのに。すいません、俺の伝え方が悪かったんでしょうか……」
「い、いや。庭が綺麗だから、つい」

 何故か罪悪感を覚えているらしいクライドに対し、慌てて適当な嘘を述べる。本当は女神とお喋りしていたから座るのを忘れていただけだし、彼は何も悪くないので問題は無いはずだ。
 そうですか? と怪訝そうな顔をしたクライドは気を取り直したように手を鳴らして、話題を転換した。

「ともあれ、お待たせしてしまって申し訳ありません」
「ああいや、別に」
「ところで。俺は貴方の事をまだよく知りません。色々とお尋ねしたい事があるのですが、良いですか?」
「えっ、ああうん。私に答えられる事なら」

 ――凄く勤勉だな、クライド!
 心中で叫ぶ。完全に見立ての話になってしまうが、多分イオ自身と同じくらいの年齢だ。同級生にこんな礼儀正しい男子はいなかったぞ。面食らいつつも、彼の次の言葉を待つ。あまりにも丁寧な物腰過ぎて、どういうテンションで声を掛ければいいのか分からない。

「そうですね、一緒に仕事をする訳ですし――まずは戦闘スタイルを教えて下さい。武器は使いますか? 魔法がお好みですか? それとも、物理で特攻するタイプですか?」
「戦闘スタイル!? いや戦った事すら無いわ! え? 戦闘って殴る蹴るの暴行行為を格好良く言った言葉の話だっけ!?」
「殴る蹴るの暴行!? い、いえ、そういうつもりは……。えぇっと、戦闘はした事が、無いという事でしょうか?」
「無いよ!? 一体何をそんなに争う事があるの!?」
「平和主義なんですね、ハハ……」

 引き気味のクライドを見て、ハッと我に返る。そうだ、ここは所謂、異世界という場所。自分の常識は彼等の常識では無いのかもしれない。であれば、無難に話を軌道修正した方が良いだろう。

「落ち着いて、クライド」
「いや、慌てていたのは貴方の方――」
「いやほら、私は、ね? 誕生する事がそもそも出来ていない訳だから。そんな急に戦闘がどうとか言われても、ほら、ねえ?」
「……成る程。確かに、貴方の言う通りですね。そうだった、生まれる事が出来なかった存在。それが神子でしたね。不躾な質問をしてしまってすいませんでした」
「そういう事もあるよ、全然気にしてないから!」

 ――よし、上手い事誤魔化せた!
 口から先に生まれた女、と友人達に散々持て囃された才能が、今鮮やかに実を結ぶ。口八丁が得意で本当に良かった。