1話 転生キャンセル

04.女神2人目


「ところで、そのフードは取らないんですか? そのぅ、俺は気にしませんけど……」

 遠回しにフードを取れ、とクライドがそう言う。イオはその首を横に振った。メテスィープスの部下に見せて貰った鏡に、自分の顔は写らなかった。それはつまり、そういう事なのだろう。のっぺらぼうを晒す訳には行かない。

「ちょっと事情があって、このフードはその、取れない、かな……。ところで、私を喚んだのはあなたなの?」

 同年代に見えたので気安い口調で聞いてみた。すると、クライドは苦笑して、背後を指さす。振り返る前に、いつの間にか立っていたその人が口を開いた。

「いいえ。貴方を喚んだのは私よ」

 ――また新しい人が出てきたな……。
 今度は女性。何だか変わったひらひらの衣装を纏っている。雰囲気がどことなくメテスィープスに似ている女性だ。イオより少しばかり高い身長の彼女は亜麻色の髪をしていて、首から大きな時計を提げている。その時計は反対の方向へ時を刻んでいた。
 特に聞いてもいないが、彼女は急に話し始める。

「私はクロノス。時間を管理する神――というか、神族よ。この空中庭園の持ち主であり、さっきも言ったように貴方を喚んだのもこの私。ごめんなさいね、急に喚び出したりして」
「いえいえ……」
「単刀直入に言うわ。貴方には仕事を与える為に召喚したの。内容は単純にして明快、不正な時間旅行者を捕まえる仕事。勿論、報酬はあるわよ。神様だもの、ケチな事は言わないわ」
「不正な時間旅行者?」
「ええ。詳しくは追々話すけれど、つまり、違反者の取り締まりみたいなものね」

 恐らくかなりざっくりと喚ばれた理由を説明されたのだろう。一個も理解出来なかったが、何だか誰かを捕まえるという仕事である事は分かった。
 混乱するイオを余所に、クライドが再び話し掛けて来る。

「俺は貴方の同僚のようなものです。これから2人で頑張りましょう!」

 即答出来なかった。これはどうすればいいのだろうか? メテスィープスは行った先で取り敢えず何も知らないふりをし、言われた通りに働けと言っていた。であれば、まるで意味不明だが、このクロノスという女性が言うとおりに動けば良いのだろうか。
 ――ともかく、一度よろしくしておこう。そうしよう。
 深く考えても無駄だと早々に悟り、イオはクライドに遅めの返答をする。

「同僚ね。力を合わせて頑張ろう!」

 ノリは高校の体育大会。よく知らん後ろの席の女子と盛り上がった記憶が鮮やかに蘇る。こんなテンションで良いのだろうか。
 ところで、とクライドがこちらを頭から爪先までじろじろと見やる。

「クロノス様。イオさん、かなり姿が不明瞭なんですけど、これは問題ありませんか? 今にも消えてしまいそうですが……」
「ああ、それね。これは私の勝手な予想なんだけど、彼女はきっと神子なのよ」
「神子?」

 クライドの疑問とイオの疑問が見事に被った。クスクス、と楽しげに笑うクロノスが『神子』について説明する。

「今回の召喚だけれど、まず前提として今回の一件にまるで無関係の使える存在を指定して臨んだわ。何の因果かは知らないけれど、生存している存在の中に私の指定した人物は引っ掛からなかった。
 であれば、次に検索の対象となるのは「そもそも存在出来なかった存在」という事になる訳。存在出来ていなければ、地上で起きている件に全く関わりが無いのは当然だからね」
「だから、『神子』というものが召喚されたんですか?」
「ええ、そうよ。神子は地上に生まれ落ちてから7日経過していない時点で死亡していて、且つまだ名前が付けられていない神の子である状態。そして、誰でもいいから名前の無い赤子、神の子を神の奇跡と認識している事によって初めて生まれるの」
「かなり条件が厳しいですね。生まれて7日、名前を付けられていない上に人が奇跡と認識する事象を起こすんでしょう?」
「それが、そうでもないのよ。特に地上の神職者なんかはね。赤子の死を、軽率に神の導きだの何だのに塗り替えちゃうんだから」

 ――え、私、神子に該当するの?
 盛り上がる2人を前にイオは冷や汗をこっそりと拭った。正直、色々と特殊な状況なのでクロノスの言い分が絶対的に正しいとは思えない。
 混乱している事に気付かず、クロノスが哀れみの目を向けてくる。

「難儀なものね。そのイオって名前も、今考えたのかしら?」
「まあ、そうですね。はい」
「そ。その身体に貼られてる急造のテクスチャも、後でどうにかしなきゃいけないわね」
「テクスチャ?」

 クライドの問い掛けに、クロノスが以前聞いたテクスチャの説明をそのまま言って聞かせる。同僚は納得したように頷いた。

「そのテクスチャという物が下手くそだから、イオさんの姿が何だか安定していない訳ですね」
「そうなのよ。私もテクスチャ貼るのは苦手だから、得意そうな部下を捜しておくわ。そのままだと、急に身体が崩壊とかして大変でしょうし。ごめんね、イオ。もう少し我慢して」
「分かりました」

 そして、とクロノスは遠くに見えるドーム状の建物を見やる。

「ちょっとやる事があるわ。すぐ仕事に行けなんて言わないから、一時は好きに過ごしていて。庭園の中ならどこに居てもいいわ」
「イオさん、すみません。本当は俺が庭園を案内するべきなんですけど、ちょっとやり残した事があって。5分だけ待って貰えるなら、ご案内します」
「あ、じゃあ待っとくよ」
「すいません、では!」

 スタスタとクロノスが去って行き、クライドは小走りで反対方向へ去って行った。急に誰もいなくなった美し過ぎる庭園。する事も無くイオは呆然と佇んでいる。