03.神様社会
が、トラブルはそれだけに留まらなかった。自身の身体の具合をチェックしていた伊緒に突如異変が襲いかかる。
「あの。……あのすいません、私の身体、何だか光り輝いてませんか!? いや、絶対に発光してる!!」
「は?」
女神の反応は冷たいものだった。何を言っているんだと言わんばかりの口調と表情でこちらを見、そして目を細める。すかさず彼女と話をしていた部下の男性が口を開いた。
「メテス様、これは何者かの召喚に引っ掛かったものかと」
「誰かに召喚されているという事? 今、テクスチャを貼ってどうするか決めているという時に? ……間の悪い」
そう言ったメテスィープスが左手を伊緒へと翳す。翳して――そして、何も起きなかった。女神は困ったように眉根を寄せる。
「私よりも上位の神族からのお喚びが掛かってる。キャンセル出来ない」
「そのようですね」
「えっ、いや、お二人とも落ち着いてるみたいですけど! これどうすればっ!!」
輝きは徐々に増していき、段々と目が潰れそうな光になってきた。薄目を開けて、見ず知らずの自称・女神に助けを求めるも彼女は無情に首を横に振る。
「召喚のキャンセルは出来ない。誰か知らないけれど、私より位の高い神。一先ず向こうには私が話を付けるから、貴方は喚び出した神族に何も説明をしないで。プライドの高い上司だったら、後処理が面倒。逆に貴方を取り返せなくなるかもしれない」
「そんなクソの見本みたいな上司が神様の中にもいるんですか!?」
「世の中そんなもの」
――そんな訳あるか!
神様という存在の認識が根底から覆りそうだ。とは言っても、現代日本の女子高生。無神論者とまでは言わないが、そもそも神の存在など日頃から意識した生活は送っていないが。
そして、最早目も開けられない光の中、重大な事実に気付く。
「ちょ、喚ばれてるって事は何かしらやって欲しい事があるって意味ですよね!? 急に救世主になってくれだの、世界を救ってくれだの言われた場合にはどうすれば!?」
「そのまま言う通りにしておいて。貴方は何も知らない、ここでの会話は全て忘れ、行った先で言われた通りに動きなさい。そうしている間に、私の方から事情を説明する」
「何も言わず、仕事に従事って……。しかも何か連絡系統雑ぅ!」
もっと言いたい文句はあったものの、それは言の葉にならなかった。光が急速に増し、目の前が真っ白になる。更にどこかへ引き寄せられる感覚――仕方無く伊緒は口をぎゅっと閉じ、目も閉じて浮遊感の中頭を抱えた。
***
まず感じたのは柔らかい日差し。春の陽気にも似た、温く停滞していて、それでいて懐かしいような悲しいような感覚。間違いなく、卒業&入学シーズンの3月や4月の空気感と言えるだろう。
その感覚を頼りに、ゆっくりと目を開ける。フード付ローブをすっぷり被っているので、視界は半分程度。テクスチャというものを貼られているせいか、近眼のような少しぼやけた視界。
それでも緑が広がる庭園のような場所である事は分かった。メテスィープスがいた謎の部屋とは違い、爽やかな風が吹き抜け、少し視界を持ち上げれば澄み渡る青空。
――どこなんだここは。全く知らない場所に飛び過ぎだろ。
しかも何故だろうか。地面にしっかり足が着いているはずなのに、謎の浮遊感がある。まるで地面そのものが、巨大な何かに接着しているのではなく空を飛んでいるかのような。非常に大きな飛行機に乗っている感覚を緩和したようなものと形容すれば良いだろうか。
「大丈夫ですか? ぼうっとしていますけど、俺の事は見えていますか?」
「わっ!?」
ぎょっとして声がした方を向く。
立っていたのは自分より2つ、3つくらい年上に見える青年だった。鈍いプラチナブロンドに――変わった目の色だ。琥珀色をした双眸。どことなく獣の瞳孔に見えるような気がしなくもない。細身に見えるが、同学年の男子高校生より明らかに筋肉のある体付き。これが異世界人という奴か、完全に鍛えてやがる。
上げた悲鳴により、認識されていると思ったのか青年は言葉を続け始めた。ただし、混乱が見て取れるとも判断されたのか、口調は先程よりゆったりとしている。
「初めまして。俺はクライド。この空中庭園でお世話になっている者です」
「空中庭園……?」
「はい。凄いですよね。この庭園、空を飛んでいるんですよ」
そう言うと青年――クライドは爽やかに笑った。非の打ち所が無い、実に人畜無害そうな笑顔だ。
「ところで、貴方の名前は? 随分とその、あの、えーっと、個性的な格好をしているようですけど」
てるてる坊主のように頭からすっぽりローブなんぞを被っていればそう言われても仕方無い。相手を傷付けない配慮が逆に心苦しいくらいに、今の自分の格好は不審者のそれだろう。
ともあれ、伊緒はクライドの問いに応じた。名前を名乗ってはいけない、とはメテスィープスは言わなかったし黙秘するのは相手に対して失礼だと感じたのだ。
「わ、私は伊緒――いや、イオ。よろしく?」
当然のように姓名を名乗ろうとして、踏み止まる。自分の事はメテスィープスが話を付けてくれると言っていた。であれば、姓名を名乗る事で転生者と露呈するのは良くないと思ったからだ。
しかも、先に名乗ったクライドは姓を名乗らなかった。そういったものは無い世界なのかもしれない。そして、漢字という概念も無さそうだったので、漢字も一度捨てる事とする。
案の定、クライドは疑問を覚える事無く大きく頷いた。
「イオさんですね、よろしくお願いします」
「はあ、よろしく?」
何をよろしくするのだろうか、この状況で。まさか、この青年が自分を喚んだ張本人なのだろうか。