3.





「止まれ」

 短く、はっきりとした声が響いた。謎の強制力を持つその声が響いた途端、それまで残像しか見えなかったクレアの動きがピタリと止まる。が、止まっただけだった。
 どこかに潜んで登場の機会を伺っていたらしい彼女は止まると同時にその耳を塞いだのだ。もちろん、無防備に胴を晒している事になるが《ローレライ》しかいないこの場だ。武器で斬り付けられる心配は無い。

「画期的だけれど、何か腑に落ちない対処法ね」
「王には効いたようだが、僕の能力だったならばあれは格好の標的だな。真似はするな」
「しないわ・・・」

 呆れたような顔をするディラスだったが、その隙に装備し直した弦を操る。クレアの行動に呆れと驚きを隠せなかったらしい由が我に返った。少しだけ焦ったらしいリーダーと目が合う。

「助けてくれ、真白」
「!?」

 笑いを含んだような柔らかい声音。そう、現代にいた頃から持っていた強制力。真白が彼に従順だったのはこの声に逆らえなかったからだ。きっと、他のメンバーもそうだろう。由が意見を言った時だけは、反対する者は皆無だったのだから。
 ふらり、と軌道線上に真白が現れた事でディラスが慌てて弦を逸らす。天井につり下がっていた大きめのシャンデリアが音も無く真っ二つに割れ、高そうな赤い絨毯の上に落ちた。
 硝子の砕ける、澄んだ音が響く。
 その音に紛れるかのように、ラグがトランペットを吹いた――が、目敏くキリトに見つかり、相殺。
 そんな事が起きている一瞬の間に能力が解けたクレアが気付いたように叫んだ。

「ギルバートの能力、どうやら一度に操れるのは1人だけみたい」
「いや、割と最初っから気付いてたけど・・・」
「煩いわね!」

 空気を斬り裂くように、ラグの援護をすべくクレアが身を翻す。彼女が狙うのは《ローレライ》の力を封じるキリトだ。どうやら、由を倒す為にはまだタイミングが必要だと悟ったらしい。
 キリトの注意がクレアに向いたところで、真白はディラスのヴァイオリンを待たずして叫んだ。音も何も考えていない、それはただの絶叫だったものの、効果がある事はクレア事件で実証済みである。
 何が起きるのかはまるで予想出来なかった――というか、予想のしようがなかったが、流れを変えるのはいつだって予想外の出来事だと信じていたのだ。

「声が潰れてしまうよ――」

 呆れたように呟いた由の言葉が不自然に途切れた。異変を察したクレアがキリトの懐に飛び込む瞬間に思いとどまり、ラグの隣へ帰る。