3.





「人聞きの悪い事を――」

 ディラスの言葉が途中で途切れた。と言うのも、突如、ラグの背後に人影が現れたからだ。華奢な線に鈍色の輝きを放つ刀身――それが勢いよく翻ったかと思えば、ぎょっとした顔をしたディラスが数歩後退った。
 絡みついていた弦が張りを失う。それを見届けた音楽家は素早く弦と手袋を切り離した。
 さすがに、その顔を忘れたりはしなかった。真白のトラウマでもあるあの一件。その当事者たるや、まさか被害者である真白自身が忘れるはずもない。

「城に忍び込むのも、案外簡単ね。まあ、何か混乱しているようだったけど」

 ふん、と鼻を鳴らす――クレア。ラグが非常に微妙な顔をした。それは、ディラスも同じである。危うく殺されかけたのは記憶に新しい。

「何をしに来たんだ・・・?」
「別に、あんた達の邪魔しに来たわけじゃないから。ミオの頼みで、ちょっと協力しに来たの」
「お前が?」
「・・・まあ」

 言動からして、美緒は誤解を解く事に成功したらしい。そうでなければ、今頃復讐に燃える彼女は迷い無くディラスに斬り掛かっている事だろう。
 一方で、もしかすると由の差し金かもしれないとも思ったが、当の本人は訝しげな顔をして目を細めている。予想外だったのは明白だ。しかし、クレアの意図が分からない。美緒の頼みならば聞いてやるとでも言うのか。
 真白の疑問に気付いたのか、複雑そうな表情を形作った彼女は呟くように言った。

「ミオだって、数少ない仲間だから。死んだ人間の事ばかり言っていても仕方が無いわ。それに、どうやら仇違いだったらしいし。復讐も完遂出来て一石二鳥ね」

 殺意の篭もった瞳を由――否、ギルバートに向けるクレア。刀の切っ先が国王に向けられた。立派な謀反である。

「《ローレライ》の戦場に紛れ込んだ一般人、か。流れが変わったな。どうする、由?」
「どうもこうも無いよ。同じことさ」

 とりあえず俺はもう使い物にならなさそうだ、とキリトが肩をすくめた。現段階、能力以外の物理的な力を使用出来る者が2名。確かに、能力を打ち消すキリトの役目は終わっているようにさえ見える。

「使い物にならないのなら、退場しないと。さようなら」

 言うが早いか、クレアが地を蹴った。美緒の身体能力強化が掛かっていないので、あの時よりは目劣りするものの、およそ真白の目には追えない速さ。キリトの言う通り、それまで拮抗していた戦局は大きく崩れた。