3.





 真白、と音楽家に名を呼ばれてそちらを向く。ヴァイオリンの弓を一度止め、こちらを見ている彼。手伝えという意なのは明白だった。
 そうして、真白が深く息を吸い込む――と同時に、由が綺麗に微笑んだのが見えた。たいして危機感を覚える事も無く、流れて来る旋律に歌声を合わせる。
 ――が。

「・・・えっ」

 横合いから唐突に出て来た病人、ラグがトランペットを振り回しながら向かって来たのだ。それも、真白に向かって。ぎょっとして思わず距離を取り、ディラスの背後に隠れる。ラグの突拍子無い狂乱に驚いたのだ。

「ラグ・・・?」
「・・・何か、身体が勝手に――」
「喧嘩を売っているのか、お前は」

 訝しげに目を細めたディラスが吐き捨てる。しかし、ラグの顔は至って真剣だった。この状況で焦ってこそいるようだが動揺しないのはさすが、大人の貫禄である。
 ――けれど、この感覚には覚えがある。
 中断した歌だったが、ディラスの音色も消えていたので、隣町へ行った時の事を思い出す。帰り、由と出会った時も起きた現象だ。つまり――

「リーダーの能力?」
「たまに真白は物分かりがいいね」
「けれど、楽器は・・・」
「声だって音さ。正直な話、真白が歌わなければ《ローレライ》としての力を発揮出来ないのは驚きだったよ。いい隠れ蓑にはなったけれど」

 厄介な事だ、そう言って盛大に溜息を吐いたディラスが指をちら、と動かした。途端、止まるラグの身体。眉根を寄せたキリトがファゴットを吹くが、その拘束は解けない。

「本物の弦、か」
「ああ。うっかりラグが殺されないよう、その能力を解く事だな」
「もしかして、僕を脅しているのかな?」

 ディラスの言葉に由が愉快そうな笑みを浮かべた。