1.





 不意に兵士達の壁が割れた。何だ何だ、と思っていれば見知った顔。知らない人間が見たら何を怒っているんだと訊きたくなるような仏頂面である。

「げ、キリト!」

 ラグがうんざりしたようにその名を呼んだ。ふん、と鼻を鳴らすキリト。何だか昔に戻ったような光景だが、異常事態である。感傷に浸っている場合では無いだろう。
 元凶の1人である存在が唐突に現れ、基本、何者にも興味が無い音楽家でさえ眉間に深い皺を寄せている始末だ。早くこの硬直状態をどうにかしなければ。
 意外にも小難しい事を一片に考えていた真白はそこで初めて言葉を発した。いつまでもラグとキリト両名の睨み合いを見ているのは馬鹿馬鹿しい。

「――何をしに来たの、キリト?」
「お前を連れに来た」
「・・・」
「・・・と、言いたいところだが違うな。双子を返却しに来たんだ」

 キリトの視線がマゼンダを射貫く。はっとした顔のマゼンダが一歩、彼に詰め寄った。もともと彼女の目的は双子の救出。ならば、これはまたとない申し出である。断る道理はなかった。

「・・・一応訊いておくぜ。どうして、このタイミングで返すなんて言い出した?」
「戦力を分散させておこうと思っただけだ。まあそれに、正直なところ真白とラグは俺達の関係者だが、《音楽団》そのものはまったく関わりが無いというのもある」

 他人を巻き込むのもどうかと思って、と現代人チックな事を言い出したキリト。その言葉は嘘を吐いているようには見えない。が、真白にそれを見抜く力があるかどうかと問われれば答えは否一択なので何とも心許ない勘でしかないのだが。

「・・・お前の言う事、信じていいんだな?」
「ああ。要らん人間を殺す程、俺達は人間として壊れているわけじゃない」
「よく言うぜ。《宴》ほとんど壊滅させたくせに」

 ラグの皮肉に、キリトは笑った。

「あれは必要だった、というわけだな」