1.





 移動だけだと何だか退屈だったのか、マゼンダがラグの方を見て、そうしてぎょっとした。

「ラグ?お前、滅茶苦茶具合悪そうだけど大丈夫?」
「・・・酔った、馬車に」

 呟くように応じたラグの顔色は限りなく蒼い――というか、それすら通り越して何だか白い。本当に酔っただけなのかと問いたくなるような顔色だ。全然大丈夫そうには見えない。その証拠に、彼は「大丈夫だ」とは一言も言わなかったが。
 非常に何か言いたそうなディラスの言葉は、言の葉にはならない。ラグが話を半ば無理矢理変えたからだ。あからさま過ぎて突っ込む気にもならない。
 何を血迷ったのか、美緒の話を始めたからだ。

「美緒の説得が間に合えば、もしかするとクレアが助けに来てくれるかもな」
「残念だが、それは勘弁して貰いたい。あの小娘とは色々な意味で関わり合いになりたくないからな」
「ディラス・・・元はと言えば、お前がクレアの目の前で《宴》一人殺しちまったから、無駄な誤解が生まれたんだぜ・・・」
「そうだったか?」

 ヴィンディレス姉妹の屋敷を訪れた時の話であるが、ディラス本人はとっくの昔に忘れ去っているようだ。かく言う真白も、言われるまですっかり忘れていたが。

「――そういえば、あの時、美緒が無理してでも私達を殺さなかったのは何故?」

 あの時――ディラスと共に隣町へ行った時。
 クレアは真白の《災厄》によって倒されたが、美緒はあの場で無防備な真白を強襲する事も出来たはずだ。けれど、彼女はクレアを庇ってか撤退してしまった。
 難しい顔で、けれど笑っているという謎の表情を浮かべるラグ。

「お前が成長してたからだ、って本人は言ってたぜ。何だか情が湧いたんだろ」
「何その曖昧な・・・」
「あの時の話はあまり好きじゃないな」

 なおも続きそうだった顔はディラスの止めてくれ、と言わんばかりの声によって遮られた。ほとんど勘違いととばっちりで攻撃され、さらに負傷した彼はあの時の事をあまり快く思っていないだろう。