２．

１

　ディラス、真白に忠告と警告した後。ぼんやりとアルフレッドは屋敷内を歩き続け、そうして資料室へたどり着いた。別に資料が読みたいわけじゃない。というか、訳の分からない文字の羅列を延々と読み続けるのは嫌いだ。
　この資料室はたった１人の為に作られたもの。部屋をつくって本棚を並べ、それなりに部屋として使えるようにしたのは自分だが使っているのはアルフレッドではない。
　屋敷の主はその扉を開き、中へ。少しだけ埃臭いその部屋は大きな窓が何枚もついていたはずなのに、増えた本棚によって完全に塞がれている。光源は部屋の中心と四隅に配置されたランプのみだ。が、どうやら中心のランプしかついていないらしい。

「――よう、学者さん。また引き籠もってるのかよ」

　声を掛けられたからか、ゆっくりと紙の束を机に置いたその人――リンネが振り返った。確か彼女は有給を取っているからか、仕事着ではない。それでも屋敷の主人に軽く会釈する。
　彼女に構うこと無く机に置かれた資料の紙束を手に取る。へぇ、とアルフレッドは溜息のような感心のような声を漏らした。

「異界人の資料、ねぇ。確か５０年前にも一度現れたんだったか？そんなチラッといた人間の事をよくこんな大量の資料に出来るな」
「まとめたのは私ではありませんから。著者は――すでに亡くなっているので、名前を出す事は控えます。誰が聞いているかも分かりませんから」
「おう。別に名前を知ったところでどうにもならないから気にするな」

　リンネに資料を返す。そうして、思いついたかのようにアルフレッドは嗤った。

「お前、実は真白の事がかなり気になってるだろ」

　異界人と言えば真白もそうだ。異常に高い順応力で違和感なく立ち回っているが、屋敷内の人間はその事実を知っている。あまり接点のない２人だからこういう状態である事をすっかり忘れていた。
　学者は微かに目を伏せた。

「気にはなりますが――保護者が私の手には負えない方なので、どうしようもありませんね。彼女を譲って欲しいなどと言えば間違い無く殺されてしまいます」
「ディラスはそんな横暴な奴じゃねぇよ。が、真白を連れて出て行く可能性は大いにあり得るな」

　ちりん、と鈴の音が響く。珍しく憂い顔のリンネは首を横に振った。

「貴方の方から何か言えないのですか？」
「無理言うなよ。あいつら、フリーダム過ぎるから。俺の手には負えねぇな」

　そうですよね、と呟いたリンネの腕がアルフレッドの目の前を通過し、一冊の本を取り出す。休日の彼女はだいたいこのような感じだ。
　と言っても、今は《道化師の音楽団》がもれなく全員揃っている上、長期滞在を宣言しているからメイドが忙しいのであって本来はこういう生活を送っている。