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「大丈夫なの?」
帰り道、ちょっと引くぐらい腕を赤く染めたディラスにそう問うてみた。ああ、と頷いた彼は顔色が少しばかり悪いように感じる。
「だが、早く帰りたいものだ」
「今帰ってるじゃない。それに――」
さらに紡ごうとした言葉は強制終了させられた。ディラスが何かをしたわけではない。ただ、開いた口が勝手に閉じたのだ。自分の意志とは関係無く。
あれ、と思った刹那には足も止まる。謎の強制力に恐怖を覚えるより早く、ディラスが怪訝そうな顔をして振り返った。何故かその場に留まり、困惑した顔で見つめ合う男女という図が出来上がる。
「どうした?」
「ううん、何でも無い。ただちょっと、落とし物をした、かも、しれない」
「はぁ?」
変な顔をされた。言っていて自分でもそう思うが、如何せんこの言葉を発しているのは自分であって自分ではないという状況なのだ。
訳が分からない――
助けて、と心中で念じてみるが極度のコミュニティ障害を患っているディラスがそれに気付くはずもない。ただただ、不思議そうな顔を向けて来るだけである。甲斐性のない奴だ。
「取ってくる。先に戻っていて」
「・・・それはいいが、場所は覚えているのか?」
「ええ」
「なら、先に帰るぞ」
疑問そうな顔をしつつも、ディラスが真白に背を向ける。行かないで、と心中で叫んでみるがもちろん彼が振り返る事は無かった。
代わり、なおも意志から離れた肉体は勝手に動き始め、見知らぬ場所へ移動する。こんな入り組んだ所へ入ったら、帰って来られないんじゃないだろうか。
「――真白」
不意に横合いから声を掛けられた。はっ、とした瞬間、金縛りが解けたように身体が自由を取り戻す。
「ディラス――」
「残念だが、俺だ」
そこに立っていたのは王都で調律師として働いているはずのキリトだった。相変わらず気難しい顔をしており、その手は真白の腕をがっしりと掴んでいた。今日はよく昔の同僚と出会う日だ。