4.





 美緒の方は真白を抹殺したくて、クレアはディラスを倒して仇討ちを終えたい。だからか、クレアの方はあまり真白に興味が無いようだった。それは本人が何となく空気で感じており、いざ逃げるとなるとクレアより美緒を警戒しなければならない。
 ――もっとも、真白は逃げるつもりなど微塵も無いのだが。
 伴奏が無いのならば、そのまま歌うのみである。ディラスも《災厄》に巻き込まれるだろうが、何もしないでいるよりはマシだ。

「《歌う災厄》、ね。どうする?止めた方が良い?」

 澄んだ歌声を聞きながらクレアが美緒の指示を仰ぐ。フルートの音が一瞬だけ止まった。ややあってかつての同僚は頷く。決して吹くそれを止めないままに。
 どこか他人事のようにそれを見つめていた真白の隣にディラスが並んだ。
 視線だけでどうしたのか問う。肩を竦めた音楽家は少しだけ不甲斐なさそうに眉根を寄せた。

「これまでの経験上、お前のすぐ近くにいた方が《災厄》の被害を受けないで済む。それに、どうやら先にお前を消す腹積もりらしいな」

 手袋に複雑に絡みついた細い強靱な弦が月明かりを受けてきらきらと輝いている。ヴァイオリンを名残惜しげに見つめているディラスはひどく哀愁漂っていた。
 そうこうしているうちにクレアの戦闘態勢が整ったらしく、切っ先を真っ直ぐ真白に向けた。刺突の構えである事が薄ボンヤリと理解出来る。
 瞬間、弾丸のような速度でクレアが疾走。一点突破なら、横に避ければいいとか甘い考えである。それが浅慮であった事を知り、同時に自分の場違い感を今更ながら体感した。
 舌打ちしたディラスがその長い指を思い切り引く。今度は最早その弦で彼女を捉えることすら出来なかった。全てが遅い。弦が動く速度より、張られた数々のトラップが発動する前にクレアが駆け抜ける。
 切っ先は――こちらではなく、ディラスに。
 そうだ、彼女の目的は最初からディラスを殺す事だった。ならば、真白への攻撃がフェイントであった事は至極当然である。

「――ディラス!」

 フルートの音が消えた。それによりクレアの最大武器であった速度が落ちる。
 それが《災厄》である事だけは明白だったが、その名の通り、それだけでは終わらなかった。
 クレアが突き出した刀身がディラスの腕を斬り裂き、赤い飛沫が舞う。左手に絡みついていた弦の数本が彼の制御下から抜け出し、張り詰めていた弦がたわむ。
 それは――そう、不運にも、まったくの偶然にも、跳ね上がってクレアの利き手首を落とした。