4.





「どっちの言葉に焦ったのかしら、《ジェスター》は」

 呟いたのはクレアだった。それまで沈黙を守り続けていた彼女は無理矢理に面白そうな顔をしてディラスを見ている。
 何となく戦闘というか、殺し合いが再開したのを肌で感じた真白は無言のままにディラスの後ろへ回った。正直、この現象こそがこの世界で唯一ついて行けない点である。それは美緒も同じはずなのだが。

「――真白、来たからには僕を手伝え」
「ええ、分かったわ」

 クレアの言葉を流し、代わりに臨戦態勢に入った音楽家はやはり浮かない顔のままだった。もしかすると、ここに乱入したのは失敗だったのかもしれない。

「ちぐはぐだな。お前の知り合いはお前を殺そうとしていて、そっちの女は僕が狙いらしい」
「そうなの?」
「真白・・・お前、話聞いてなかっただろう」

 溜息を吐いたディラスが何の脈絡も無く弓を振るう。それが戦闘開始の合図となったのか、弾かれたようにクレアが飛び出した。手にはよく時代劇とかで見るような、けれど本物の刃物である日本刀が握られている。
 初速は目で追える速さだった。人間的な速度だったのだ。
 けれど、瞬きの刹那にはそれがまるで残像のようにぶれた。もともと運動が得意ではない真白は一瞬で彼女の姿を見失ったのだ。
 ――フルートの音が鼓膜を叩く。

「・・・!」

 がぎん、という嫌な音。それと共に真っ二つになったヴァイオリンが転がった。目を眇めたディラスが弓を持っていた方の――今は空っぽのその手を指揮者のように振るう。目に見えにくい弦を用いた攻撃だったが、クレアはそれを予期していたのか素早く後ろへ跳んだ。
 動こうとしない美緒を見る。彼女はただひたすら、戦況を眺めながらフルートを弾いていた。

「美緒・・・《ローレライ》なの?」
「そうだろうな。身体強化系の――見ろ」

 真白がやって来た時、あちこちに切り傷を携えていたクレアだったがそれが徐々に消えて行く。身体強化プラス治癒――つまり、身体を活性化させる作用でもあるのだろうか。

「大丈夫?」
「逃げた方がいいかもしれないな、真白」

 どうやら――大丈夫ではないらしい。ちっとも戦況は芳しくない。本当はそんな事、聞かなくとも分かっていたけど。