4.





 フルートの音色に懐かしさを感じて宿を抜け出して来た真白は、その音に釣られるようにしてまず美緒と出会った。すると彼女はフルートはそのままにその先を指さして行くようジェスチャーで伝えるので、それに従ったところディラスが何やら知らない女と対峙していた。
 それが、この数十分の間に起きた真白の物語である。演奏者が美緒だったのでフルートに釣られたのは仕方が無いだろう。ただ、ディラスにどう釈明すればいいのかはまだ考えていないが。

「何をやっているの。明日早いのに」
「はぁ?」

 見当ハズレな事を言ったらしく、女の顔が歪んだ。まったく見覚えの無い女性に真白は首を傾げる。

「この人は誰?知らない人・・・」
「あたしはクレアよ。君が《歌う災厄》かな。君の保護者、随分とあたしの仲間を殺してくれたみたいだけれど何か心当たりは無い?」

 彼女はずっとこの調子なんだ、と呆れたようにディラスが溜息を吐く。そんな音楽家の苦悩など理解しようともせず、たいして何も考えなかった真白はやっぱり何も考えず首を横に振った。

「知らないわ」
「ふぅん。君を生臭い殺人現場には連れて行きたくない、って事かな?」
「殺人現場?まぁ、よく分からないけれど・・・というか、心底どうでもいいわ」
「保護者が殺人鬼かもしれない、って話をしているのよ?」
「関心が無いわ」

 信じられない、という視線を何故かディラスへ向けた女――クレアは盛大に溜息を吐いた。

「どうでもいい、って。そんな――」
「真白にそんな話は通用しないと思うよ。本当にどうでもいいんじゃないかな」

 クレアの言葉を遮るようにして背後から現れたのは言わずともがな、美緒だった。銀色のフルートを手に持ったまま不気味にさえ思える快活な笑みを浮かべている。
 珍しく焦りの色を見せたのは真白だ。一瞬ではあるが、その目を見開き美緒を凝視する。

「だってほら、真白っちはね、うちで一番私欲が無い子だったからさ。趣味が職業になってるっていうか。ま、あたしはそんな真白っちの職人気質、好きだったよ」
「美緒」
「何、怒ってるの?だってほら――あの場では、本当に何もしなかったでしょ?」

 そう何もしないと言った。あの場――時間潰しで居座っていた、あのカフェでは。けれど、真白としては今この場に彼女がいる事など本当にどうでもよかった。いるのならそれでいいし、いないのならそれでも構わなかった。

「私は怒ってないよ」
「そうだよね。君はそういう人だもんね――」
「・・・美緒が。ここにいて、そっち側にいること自体は。全然、これっぽっちも怒ってなんかないわ」

 そっか、と美緒は微笑んだ。短い髪がさらりと揺れる。