3.





 素早く距離を取ったミオがフルートに唇を当てる。それを見届けたクレアが一歩前へ出た。サポートとアタック、そんな関係性らしい事は一目瞭然だ。分が悪いな、と思いつつもディラスもまた距離を取る。
 正直、相手が本格的な得物を持っている以上あまり近付きたくはなかった。ヴァイオリンを壊されると面倒だ。
 ディラスがヴァイオリンの弓を引いたのと、フルートの音が響いたのはほぼ同時だった。
 遅れてクレアが飛び出す。

「今度はお前が死ぬ番だ」

 怒気に満ち満ちた声が聞こえたと思った瞬間には、クレアが間合いを詰めてくる。足の速さがとても人間とは思えない。弦が追い付かない。
 僅か数十秒間の出来事。ディラスは躊躇わず、その場から飛び退った。それでも思い切り振るわれた剣先を避けきれず、庇うように突き出した右手を浅く切った。
 ――追撃は無い。クレアの方もこちらの出方を伺っているようだ。

「・・・身体能力を強化するタイプの《ローレライ》、か」

 最早ミオの姿は見えない。ただフルートの音色だけが心地よく鼓膜を叩いている。彼女自身に《ジェスター》と戦うだけの力は無いのだと判断。

「1つ、聞きたい事があるわ」
「何だ」

 爛々と輝く瞳を向けられる。もの凄い形相で睨んでくる彼女はそのままの表情で、問うた。

「どうしてブラッドまで殺したの?あたし達は、あの時お前の前から撤退したはずなのに。何か恨みでもあったわけ?」
「・・・?ブラッド、というのが誰なのかが分からないな。それに、最近の僕は素行が良い。あまり人間は殺していないはずなんだがな」
「・・・そう」

 最後の一言はほとんど呟きのようなものだったが、クレアを満足させる答えには程遠かったようだ。余計に闘志を煽ったのを面倒に思いながら、音楽家はそれを隠しもせず盛大な溜息を吐く。

「いつかのヴィンディレス邸ではないが、今回もあの子を待たせている。あまり長居はしたくないな。うっかり起きて来られても面倒だ」

 知った事か、そんな言葉を吐いたクレアが再度突進してくる。ディラスはミオの視界がここまで届いていない事を確認した上で、弓を握り直した。