3.





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 真白がこの場から完全に去った事を確認したディラスは自室とは逆方向へ歩き出した。宿の出口である。自然な動作で背負ったヴァイオリンケースから中身を取り出し、流れるような動きで外へ。
 宿の裏へ回り、さらに獣道のように細い道を通ったところで捜していた人物達を発見した音楽家は足を止めた。

「――何だ、お前達は」

 目を細め問う。片方はうっすら見覚えのある女で、もう片方はまったく見た事も無い人物だった。女二人で暗がりに立っている様は非常に不気味だったが、迸る殺気のせいでそれが現実世界に確かに存在する者である事を知覚する。
 ――ふと、見覚えのある方の女が口を開いた。

「あたしの事、覚えてる?」
「覚えているも何も、最初からお前のような人物は知らないな。人違いじゃないのか?」
「そうだよね。《ジェスター》としてお高くとまっちゃってるんだから、あたしみたいな人間は覚えてないのも当然だよね」

 溢れる怒気を無理に抑え込んだような淡々とした口調。それを聞いてもなお、ディラスには彼女が誰だったのか分からない。どこかで会ったような気はするが――

「――《賢人の宴》が何の用だ?」

 赤いバングルを視界の端に捉えたので訊いてみる。まともな答えが返って来るとは思えなかったが、意味の分からない怒りをぶつけられるのも不愉快である。
 とても女とは思えないような声で呻る彼女は答えなかった。代わりに、本当に見た事も会った事も無い方の女が口を開く。彼女は隣に立つその人よりはかなり冷静――というより、怒りの感情は無いようだ。

「私はミオ。彼女はクレアだよ。どうかな、思い出した?」
「――いいや」
「そうだよね。ま、私にはあまり関係無いから勘弁して欲しいな」

 ミオと名乗った女はそう言って苦笑すると一歩後ろに下がった。代わり、クレアと紹介された女は一歩前へ出る。その手には刀剣を握りしめていた。

「復讐か?さて、僕は最近誰か殺しただろうか」

 思いを馳せてみるが、真白が来てからというもの、血生臭い行為とは縁が無くなっていたのでいまいち何も思いつかなかった。こうしてみると、連れが一人出来ただけで随分と生活態度が変わったものだ。
 後ろに一歩下がっていたミオが取り出したのは銀のフルート。どうやら《ローレライ》らしい。ただし、得物を手にしているクレアの方に関してはただの戦闘員のようだが。

「そうだ――あの子は一緒じゃないの、《ジェスター》さん」
「あの子?何のことだか分からないな」
「えぇっとねぇ、《歌う災厄》――そう、真白ちゃん」

 そう言ったミオが驚く程綺麗に微笑んだ。名前まで割れているのか、と舌打ちするディラスになど構わず。そしてクレアもまた、《ジェスター》の方しか見ていない。どうにも統一感の無い集まりだ。