2.





 ラグを追い払い、ディラスと少々会話し、マゼンダに捕まりつつもようやく一人きりになれた真白は溜息を吐いた。今まで昼は寝て過ごしていたために他者とのコミュニケーションがひどく億劫だ。
 それに何か本当の意味で用事があったらしいラグを蔑ろには出来ない。
 以前、自由に歌う事が許可されていた頃であったのならばすぐにラグの事など忘れていただろうが今は生憎とやる事も無いのですぐに彼の事を思い出せた。

「どこへ行ったの・・・」

 面倒臭さが自然と言葉になって零れた。事実、ヴィンディア邸は広い。そのだだっ広い屋敷から一人の人間を捜し出すのは困難だ。
 どうしたものか、と無表情ながらに困っていた真白の耳にちりん、という鈴の音が聞こえた。聞き覚えがある、あり過ぎる音。はっとして顔を上げれば何やら銀の盆を持ったリンネが無感動に会釈した。

「何を捜しているのですか?」
「・・・ちょっと、ラグを。貴方は何をしているの?」
「私はご主人のもとへケーキを届けていたのです」

 仕事中らしかった。が、立ち話に興じているのであまり忙しくは無いようである。
 《道化師の音楽団》入団事件以来、彼女と話す機会は無かったが、あの時に感じた刺々しさは払拭されている。いったいあれは何だったのか、と一瞬だけ疑問に思ったがどうでもいいと考え直した。知ってどうなる事でもない。

「ラグ様なら中庭で見掛けましたよ。ぼーっとしていらっしゃったので、まだベンチに座っているかもしれません」
「中庭?随分と可愛らしい所にいるのね」
「何か思い悩んでいるようでしたよ」

 それは暗に真白へ「貴方が絡んでいるようですね」、と告げているような言葉だったのだが他者の心の機微に疎い彼女には伝わらなかった。

「分かった、行ってみる。それじゃあ」
「御機嫌よう」

 優雅に一礼したメイドとすれ違う。
 嫌味の言葉は無かった。本来あるべき姿に戻ったように。