2.





 その後もどことなく上の空だった真白を現実世界へ引き戻したのは、まさに話の渦中にいたラグその人だった。音楽室に乱入して来た彼に、ディラスが非難がましい目を向ける。放浪癖のある彼は、それを意に介した様子も無くただ笑った。

「来いよ、真白。お前、退屈してんだろ?ちょっとすげぇもん見つけたんだって。女ってああいうの好きだろ?」
「・・・どういうのよ」
「いいから、ほれ!」

 ディラスを差し置いて交わされる会話。困惑した顔をした真白はしかし、促されるままに立ち上がった。それを見て満足したらしいラグが《災厄》の細い腕を無理矢理引いて部屋から出ていく。
 その間、あまりにも唐突過ぎてリアクションも取れなかったディラスが茫然と立ち尽くしていたのは言うまでもない。


 ***


「――で、何が凄いの?」

 屋敷の庭に連れて来られた真白は呆れたように問うた。え、とラグが心底不思議そうな声を上げる。冗談だろ、とでも言いたげだ。

「あんな適当な口実、信じたのかよ」
「下手くそだったね。仮にも同じ舞台に立っていた人間だとは思えない」
「辛辣だぜ相変わらず・・・。俺はあれが素なんだよ」
「あの鬱陶しいテンションが素?ウザ・・・」
「おい聞こえてんだよ馬鹿野郎」

 そうして、改めて真白は自分より確実に数個年上の彼を見やる。
 彼もまたにやにやと笑みを浮かべて彼女を見下ろしていた。

「で、色々訊きてぇことがあるんだけど、今は時間ねぇから一個だけ訊かせろ」
「・・・何?」
「お前、こっちへ来て誰に出会った?正直、お前さんが俺見て知り合いだって叫ばなかったのに驚きを隠せねぇよ」
「キリトに会ったわ」

 かつての同僚であり、現在の同僚でもある彼は目を眇めた。
 それは何かを思案しているようでもあり、困った状況に陥ってしまったと言わんばかりでもある。どのみち、それを知ったところで真白にはどうしようもないのだが。

「――ま、いいや。俺は一時この屋敷にいるが、初対面のふりしとけ。いいな?」
「えぇ、分かった。どうせ、先にボロ出すのは貴方だけど」
「まったくだぜ。んじゃ、解散。ディラスの奴が追っ掛けてくると思ってたが、こねぇな」
「来ないよ。楽器使ってる間はだいたい、私の事放置だからねあの人」
「光景が目に浮かぶぜ・・・」