1.





 午前中のうちに帰って来る、と手紙を送りつけたはずのラグが帰ったのはもう午後4時半を回り、すでに午前中どころか昼とも言わずもはや夕方だった。一旦、ヴァイオリンを置いたディラスは真白に視線を移す。
 彼女がここで何もする事が無く、退屈しているのは知っていた。が、どうすれば真白の気が紛れるのか分からないので放置しているだけである。
 座ったまま器用に目を閉じて眠っている彼女は最近、少々生活態度が悪すぎる。

「――起きろ。少し寝過ぎだ、真白」
「・・・やること、無いから」

 眉間に皺を寄せつつも声を掛ければすぐ起きた真白はぐぐっ、と背伸びするといつも通りの無表情をディラスへ向けた。

「今日はもう終わるの?」
「いや、ラグが帰って来た。お前を会わせなければならない」
「誰?」
「・・・朝、話しただろう」

 そうだったっけ、と首を傾げる真白に小さく小さく溜息を吐く。彼女にとって《道化師の音楽団》所属、幹部クラスの彼《ピエロ》のラグはその程度の存在でしかないのだ。
 動きたく無さそうな真白を引き摺るように防音室を後にする。
 部屋から出てすぐにラグと出会った。マゼンダだか誰かに真白の噂を聞いたのか、すでににやにやと笑みを押し殺す努力をしている同僚の姿を見てすっ、と熱が冷めて行くのを感じる。

「よぉ、ディラス。本当に連れいるのか!」
「・・・ラグ。お前とは久しぶりに会うが、今は会いたくなかった」
「いつも会いたくなさそうな顔してんだろ・・・」

 微妙な沈黙が場を支配する。と、その沈黙を打ち破るようにラグが真白を見る。少しだけ驚いたような顔をした彼はぐっと真白に近づいた。

「初めまして。お前がディラスの連れ?」

 いきなり声を掛けられた事に驚いたのか、答える事も忘れた真白がぽかんと――珍しくあどけない、純粋に驚いた顔をしてラグを見上げる。それは極めて珍しい光景だった。
 ややあって、真白が頷く。
 その答えに満足したのか再びラグの視線はディラスへ移った。

「本当にお前が面倒見てんのかよ、ディラス。お前一匹狼とかいう売り出しじゃなかったか?」
「それはお前達が勝手に僕をそう呼んで騒ぎ立てただけだろう」
「へぇ!でもま、俺が引き取っていいか?人と連むの、好きじゃねぇんだろ?あの双子と違って静かでいいぜ」

 ふん、と鼻を鳴らしたディラスは話にならない、と首を振った。

「馬鹿も休み休み言え。彼女のパートナーは僕だ」
「・・・そうかよ。まぁ、お前がそう言うのなら構わんけどな」

 そうして話題に飽きたのか、ラグが笑いながらマゼンダとアルフレッドが用意したという上等な酒の話を始めた。聞いている真白の心底つまらなそうな顔が印象的だった。