1.





 皇居の一室に住まうドルチェ。そんな彼女の部屋の前まで来たところで、どうやら先客がいるらしい事に気付く。兄の奥方は引き籠もり癖があるので、あまり人と会っているところを邪魔してやりたくないが、仕方ないだろう。

「――ドルチェ、いるか?」

 戸を軽く叩き、中へそう問う。ややあって、「いるよー」、という間延びした声が帰って来た。今まで殺伐とした場所に身を置いていたからか、何だか和む。
 返事があった事を確認した上で、松葉は戸を開けた。
 一緒にいたのは姉である紫苑。何やら魔術関係の本を開いて2人で覗き込んでいた。魔女と魔術について語るなど、意外にも姉は図太い性格をしているらしい。

「何の用かしら、松葉?わたしは今、ドルチェと遊んでいるのだけれど」
「姉貴・・・悪いけど、兄貴に呼ばれてんだよ。ドルチェが」
「あら、兄様が?」

 不知火松葉、という名前のもとに紫苑からドルチェを引き剥がす事は出来ない。が、一家の長兄である蘇芳の言葉ならば紫苑も従わざるを得ないはずだ。というか、嘘は何一つ言っていないのだが。

「うぅ・・・なら、わたしも着いて行くわ」
「いやあのさ、私の意志は!?拒否権とか無いの!?」

 紫苑の意を決したような声と、ドルチェの素っ頓狂な声が被った。けっ、と松葉は見当違いの事を宣うドルチェを見やる。

「兄貴が呼んでんだから、お前どころか姉貴にだって拒否権はねぇよ」
「何それ横暴!」
「ちょっと!わたしの話も聞いてくださらない?着いて行く、と言っているのよ」
「大人しく待ってろよ、姉貴!」

 何であんたは奥方にべったり張り付いてるんだ、と喉元まで出掛かった言葉を呑み込む。何の事は無い。歳も近いし、何より同じ魔道士系統。仲良くなるのは当然である。蘇芳もそれを微笑ましく思っているようだし――

「あー・・・やっぱり好きにしろよ。兄貴への言い訳なら自分で考えてくれ」
「当然よ。さ、行きましょ。ドルチェ」
「あっはい・・・やっぱり、いまいち私の意見が反映されてない気がするなぁ・・・」

 ドルチェの呟きは当然の如く聞き流した。