1.





 まず彼を見たその目が続いてドルチェに向けられた時、そのボーッとした無表情が微かに歪んだのを見た。さすがに荷物を持つ妻を視界に入れた不知火蘇芳は疑問の色を示したのだ。

「これは何だ」
「え?何って、土産ですよ。土産。何故か誰もいなくてですね、丁度通り掛かった彼女に手伝ってもらってたんです」
「それではない。お前に訊いているんだ、ドルチェ」

 怒っているわけではなく、ただ純粋な疑問として吐き出された言葉。それでも小心者の魔女は顔を強張らせた。
 この場でのコミュニティを知る由も無い現状を作った原因である彼が兄に非難がましい目を向ける。

「恐がらせないでくださいよ。ちょっと手伝ってもらっただけです、って。ていうか、あんたドルチェって言うんだな」

 見ない顔だと思ったぜ、と笑う彼の名前をドルチェは知らない。
 要らない誤解を招いた、と溜息を吐いた蘇芳が自分の弟へと淡々と事実を伝える。

「彼女は俺の正室だ。何を勝手に荷物持ちとして使っている」
「・・・え?」
「他の者を使え」

 意味を理解しだしたのと比例して、彼の顔色がどんどん蒼くなっていく。見ているだけのドルチェですら心配になってくるレベルだ。どうしたものか、と視線をさ迷わせているといつの間に近付いて来たのか、蘇芳から肩に手を置かれ我に返る。

「奴は青褐。次男だ」
「あ、うん・・・はい・・・」
「ああいう風に何でも適当だからな。ものははっきり言った方が良い」

 ややあってショックから立ち直ったのか、悪びれもせず笑いながら彼――不知火青褐が右手を差し出す。その、外の挨拶に少々驚かされながらもドルチェはその手を握った。所謂、握手である。

「ええっと、ドルチェ・・・です」
「おう、よろしくな!姉さん!」
「いや多分、私の方が年下!」

 そのやり取りを見ながら蘇芳が目を細めた。心底どうでもよさそうな顔である。

「いやぁ、兄上にようやく奥さんが出来て弟としては感激ですよ。もう、側室だけこさえて生きて行くつもりかと思ってましたから」
「余計な世話だ。お前もそろそろ放浪するのは止めろ」
「兄上がしっかりしてるから、俺がふらふらしててもいいんじゃないですか」
「その理屈はおかしい」

 呆れたように兄が溜息を吐くのを、弟はにこにこと見ていた。