5.





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 国境を越え、国を出た所でふとライアンは我に返った。小脇に抱えた小さな少女は沈黙している。そこではたと考えたのだ。
 勝手な事をして連れてきてしまったが、はたしてこれでよかったのかと。
 もっと早く悩めという話だが、基本脳筋のライアンには今まで『彼女が嫌がるかもしれない』という選択肢が無かった。

「・・・・あー、姫さん」

 返事は無い。恐る恐る視線をノーラ姫に向けてみる――と、彼女は小刻みに震えていた。ただし、クツクツと漏れる笑い声がしっかり聞こえたので怒っていたり悲しんでいるわけではないさそうだ。

「何だい、ライアン?」
「えっ・・・いや、その・・・何か勝手に連れて来ちまったみたいで・・・帰ります?」
「どうして?やっと外に出られたんだよ?」
「でも――」
「いいんだよ、もうあの国はどのみち駄目なのさ。それより、これからライアンはどうするの?もちろん私にも行く宛は無いし、一緒に旅でもする?迷惑なら辞退するけれどね」

 非常に晴れやかな顔でこれからの予定を訊いて来る彼女に戦慄したが、それを断る理由は無かった。やる事はいっぱいある。かつての仲間の一人も捜さなければならないし、彼女は無一文だ。お金を稼がなければならない。
 だが、それでいいと思う。

「あのー、俺の私情で悪ィんですが、まずは仲間を捜したいんですよ。それで構いませんか?」
「ああ。構わないよ。ところで、旅費の話なのだけれど――いや、それはいいや。これで私は晴れてお姫様でなくなったわけなのだよ」

 絵の具のついたショートドレス。どちらも何も持っていない。確かにそんな彼女はとても一国の姫君とは思えなかった。

「じゃあ、宜しくお願いしますぜ、ノーラさん」
「そうこなくちゃね」

 日が大分傾いている。恐らくは今日、ノーラにとっては初めての屋根がない場所での野宿となる事だろう。