5.





 もちろん、少女の心無い言葉に元奴隷達は納得しなかった。むしろ敵愾心を煽ったようである。憤慨したようにノーラ姫ににじり寄って来たので、慌ててライアンは彼女を抱え、彼等から距離を取る。
 まさに飢えた獣を相手にしている気分で、何が何でも王族を根絶やしにしなければという狂気的な空気。吸って吐いて、何だか気分が悪くなるようだ。
 ――これ以上は本当に無理なのかもしれない。
 無表情で見上げて来るノーラ姫が不意に口を開いた。

「私を置いて行っても構わないよ。君が私に何か危害を加えるとは思えないけれど、お父様達には別かも知れない。あっちに参加したいのなら、そうすればいいんじゃないかな」
「別に、俺は・・・」
「仇討ちはよくない、ってどこかの英雄や勇者はそう言うけれど。いつだって国に革命を起こすのはそういう人達の集まりだ。一概に良くない事だとは言えないな」

 仇討ちが赦されないのはお伽話の中だけだ。いつだって革命も革新も、負の感情を少なからず伴うものである。薄暗い感情ばかりだとは言わないが。
 それを知ってなお、一国の姫君である事に違い無い彼女はそれを止めなかった。或いは、どこかで予想していたのかもしれない。いずれはこうなると。国の未来があまり明るくない事も、きっと。

「姫さんは・・・あまり国の行く末に、頓着しねぇんですね」
「興味が無い、とはあまり言葉が良くないから言わないけれどね。私は絵が描ければそれでいいから」

 政務なんて向いちゃいないだろうし、と自嘲気味に微笑む。それに、とどこか投げやりに彼女は続けた。

「いつかは出て行くつもりだったよ、こんな国」
「――ああ、そうでしたね」

 決心したのはその瞬間。蟠りが解けるようなどことなく清々しい気分は久しぶりだ。どうすべきか分かったのだ、それだけで僥倖と言えよう。
 ここに来てどうすべきか迷っているのか全てを決めた故の傍観だったのか、それから何のアクションも起こさないエルドレッドへ視線を向ける。それだけでライアンがどうしたのか悟ったらしい彼は困ったように笑った。

「エルド。お前には悪いが、俺はもう抜けるぜ。それだけやる気があるならどうにかなるだろ、そっちは」
「ああ、任せてくれ」
「――悪い」

 再びノーラ姫を小脇に抱え直したライアンはそれから躊躇う様子も無くあっさり踵を返した。軽快なステップでさも簡単そうに民家の屋根に上り、そのまま屋根伝いに走る、走る。
 最後に見た光景は微笑ましそうな顔をして手を振るエルドレッドだった。彼はきっと『人の区別』が出来る人間だったのだと思う。