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痛い程の沈黙。視線はみんながみんなノーラ姫に固定したまま、その時間を止めていた。それはひとえにライアンを恐れているからに他ならない。彼が、姫君の為に牙を剥くのではないか、と。
エルドレッドは何も言わない。ただ黙ってことの成り行きを見守っているようだった。
「ひ、姫さん・・・」
小さく呟けば彼女は少し顎を引いてこちらを見上げた。その顔に恐怖や焦燥といった感情は無い。さすがに笑みを浮かべて、なんて事は無かったもののあるべきはずの何かも無いようだ。
視線から幼気な少女を護るように一歩前へ。空気はどこか狂気的で誰が何をするか分かったものじゃないような、そんな歪な感じがする。
そこで止まっていた時間が動き出すかのように、再三ライアンの交友関係に口を出してきた女が絞り出すように言う。彼女は必死だった。そして、ノーラ姫にけしていい感情を抱いてはいなかった。
「彼女も王族なのよ?あなた、王女様に城落としの手伝いをさせるつもりなの?それの方がよっぽど酷いんじゃない?」
「いや、俺はこのまま逃げる。それで終わりだ」
「冗談じゃないわよ。毎日を豪奢に過ごしている王族が、わざわざ自国から出たいと思う?城を落とした後に仇討ちだなんて言って国へ戻って来たらどうするのよ」
そんなのは分からねぇだろ、言い掛けて口を噤む。
――絵。ノーラ姫が描いた失敗作の化け物。あれを見た者ならば、彼女が形だけの『家族』を何とも思っていない事が分かるはずだ。けれどそれは、彼女の触れられたくない部分でも、ある。
しかしこのまま姫君をこの場においていても、誰かが彼女に何かをしないとは限らない。エルドレッドの真意も読めない今、彼女を1人放置する事は出来なかった。
「――とにかく、俺は姫さんがお前等にむざむざ殺されんのを黙っては見てねぇぜ」
「ああ、そうだろうな。友達なんだろう」
ここで初めて口を開いたエルドの顔はどこまでも無表情だった。どちらの言い分も納得し、そして同時にくだらないと一蹴したいような雰囲気。彼にとってはノーラ姫の命運などどちらもいいらしい。