5.





 身分違い、なんてある種ロマンチックな壁は感じた事が無い。が、場合によってはそれは非常に問題のある差だった。
 ――より正確に表現するのならば。
 ライアンとノーラ姫の間にある溝の話では無く、解放された元・奴隷達と王族との間にある軋轢の話。
 いくらこの第四王女が妾の子だろうと、いくら人畜無害な少女であろうと。王族と奴隷だった、という事実は塗り替えられない覆らない。長らく不当な扱いを受けてきた彼等彼女等の怒りの矛先が姫君へ向けられないと保証出来るだろうか。

「――どうしたのかな、ライアン?」
「あ・・・いや、何でもありませんよ」

 ふと我に返る。幸い、彼等の言葉はノーラ姫には届いていないようだった。この時ばかりは獣人の五感の鋭さに感謝する。

「ねぇ、ライアン」

 声は姫君のものではなかった。奴隷だった女。確か小屋にいた女性は3人だったはずだが、現状、彼女しか女性は見当たらなかった。それがどういう意味かは説明するまでもない。
 そんな唯一の女はひたとライアンを見据えている。ややあって、その視線が隣にちょこんと立っている小さな王族へと向けられた。

「どうするつもりなの、その、王女様」

 しん、と場が静まり返ると同時に全員の視線がノーラ姫へ集中する。彼女は飄々としたものでわざとらしく首を傾げているが、ライアンにとってみればその光景は冷や汗ものだった。
 集まった人間が言葉を発さず目配せしている。誰もが何かを牽制しあっているようでもあり、誰もが「お前が行けよ」と促しているようでもあった。

「なぁ、エルドのにいちゃん」

 馴染み深い声が鼓膜を打つ。この緊張状態の中で元奴隷だった同僚はエルドレッドへ剣呑な視線を手向けた。至って冷静に応じるエルド。

「俺達の最終目標は、この城を乗っ取る事だったよな?」
「ああ、そうなるな。頭の良い感じの言い方をするのならば、政権を奪取するのが目的であり目標だよ。もう、こんな重税に圧迫されるのは嫌だろう?」
「確認しただけさね。で、そうなってくると――」

 言葉にせずとも彼が言いたい事は痛い程に理解出来た。それは、ライアンがノーラにだけは抱かず、けれど他の王族に向ける感情と同じだ。
 言わずとも分かる、それを理解した上で言い含めるように同僚はそれを言葉にした。

「殺すべきだ、王族なんだから」