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翌日の真昼。何事も無いかのように装い、ぼんやりとまとまらない思考のままにライアンは城内の廊下の隅を歩いていた。
ひとまず城内へ侵入出来なければどうしようもないので奴隷も含めて一旦、全員がもとの配置へ戻ったのだ。中へ入るため手引きをする役として。故に、ライアンは今、暇を持て余していた。
今日はまだノーラ姫と会っていない。とても会う気分にはならなかった。
窓の外へ細心の注意を払う。合図があればすぐに動かなければ――
「・・・いやいや、早すぎるだろ。焦ってんのか」
傍目、異常な程の煙。狼煙と言うらしい。鼻がいいライアンにとってみれば非常に臭いことこの上ないが。
この誰にでも分かる印こそが開戦の合図。
王宮住まいの王族達には狼煙が本来、どうやって使われるのか知らないだろう。無知とは得てして罪である。
「――さて」
一瞬だけ躊躇った獣人の彼はしかし、首を振ると近くの兵士に話しかけた。より正確に言うのならば、偶然真横を通り過ぎようとした兵士である。
「おい」
「・・・何だ。というか貴様、奴隷か。何故許可なく場内をうろついている。即刻出て行け――」
「ノーラ姫様からの遣いだぜ、俺。文句があるならあの方に言うんだな」
「なっ・・・?」
本当だぜ、とにやにや嗤いながら言えばようやくライアンが曰く、「第四王女が気に入っている奴隷」だと気付いたらしい。兵士の顔がやや青くなった。
この程度で怯むという事は彼は間違いなく新兵。出来過ぎている程に現在の状況は有利だ。無知であればあるほどに成功率は上がる。新兵なんて格好のカモだ。
自然を装い、肩を竦める。我ながら白々しい演技だ。
「向こうの部屋、明かりの調子が悪ぃぜ。とっとと直せよ」
「貴様、何という口の利き方――」
「あーあー、分かった分かった。いいから来いよ、姫様に頼まれた荷物を運ばなきゃならねぇんだからよぉ」
口から出る言葉はそのほとんどが嘘だ。真実と言えば、ノーラ姫との仲ぐらいである。
先頭に立って兵士を誘導する。
――エルドレッドの元へと。