1.





 ノーラの住居である孤立したその塔へ帰ったライアンは小さな溜息を吐いた。エルドレッドとノーラの相性は最悪だ。分かりきっていた事だが、こうまざまざと現実を見せつけられれば苦い気持ちにもなる。
 だが、ノーラ姫の外の世界への執着は少々予想外だった。あんなに楽しそうな顔をしているところなんて、ひょっとしたら初めて見たかもしれない。
 もちろんライアンも外の世界の住人だが、やはり相手は奴隷。まさか外の話を振る程、姫君も無神経ではなかったのだろう。遠慮、していたのだろうか。
 そんな事を考えていたからだろうか。不意に口から自分の意思無く言葉が飛び出した。反射神経などというそれに近かったのかもしれない。

「姫さんは、一生をこの塔で過ごすつもりなんですか?」
「え?私かい?」

 へへっ、といつもと変わらない溌剌とした笑みを浮かべたノーラ姫はそんなわけないじゃないか、とおよそライアンの質問の意味が分かっていないかのようにあっさりそう答えた。

「こんな塔で一生過ごすなんて、ありえないよ!私は外へ行くよ、それがどんな形であってもね。その時に、ライアン。君がいてくれたら嬉しいなあ」
「姫さん、最近俺にデレデレですよね」

 ノーラ姫が描いた夢を脳内で思い浮かべてみる。
 ――それは存外悪くない気がした。
 もし奴隷を辞める事が出来たのならば、という未来にノーラ姫の姿があったとしたら。それはきっと楽しいに違いないと。

「――姫様。もし、よければ。こんな所、俺と一緒にとんずらしちまいませんか?」

 意識なんてせずにそんな言葉が漏れた。
 言葉にしてから気付く。これは相手が相手ならば、反逆行為と見なされるような失言だったと。
 口籠り、ノーラ姫の様子をそれとなく伺う。
 彼女にしては珍しくとても驚いた顔をしていたが、数瞬後には微笑む。

「それは実にいい考えだけれど、君の枷がどうにかならない事にはどうしようもないなぁ。国の外には間違いなく出られないんだよ、それ」

 魔導士の英知の結晶なんだからさ、と腕に嵌められた鈍色のそれを突く姫君。もちろん、その後も危険思想だとか言って彼女から後ろ指さされるような事にはならなかった。
 ――ああ、だいぶん俺は彼女に甘えている。
 そう痛感しながらも、やっぱり出されたパウンドケーキをフォークで突く自分に嫌気がさす。