1.





 どうにかしてむしろノーラ姫とエルドレッドを会わせないようにしよう。そんな脳筋獣人、ライアンの目論見は彼より恐らく数倍は脳味噌の出来ている姫君の前では無意味だった。
 というのも、ライアンが仕事でふらっ、と外へ出る時は何故かノーラ姫が同道するようになったからだ。これではエルドレッドと出会うのも時間の問題である。
 ――はたして、ライアンの獣の勘は当たった。
 ノーラ姫に旅人の話をしてから僅か2日後の話である。

「おっ。やぁ、ライアン」
「なんで俺の事知ってんだ」
「君の仲間が言っていたからだ。そちらのお嬢さんは?見た所、とても高貴な御方のように見えるぞ!」

 ははは、と笑うエルドレッドをどうやって躱したものかとノーラ姫を見やる。彼女はいつも通りの弾けんばかりの笑みを彼に向けていた。

「やぁ!私はノーラ=アクランド。第四王女だよ!」
「・・・君は、王族なんだね」
「そうさ!まぁもっとも、私を王族と定義していいのかどうかは、お父様に話を通さなければ分からないのだけれどね!」

 そうか、と呟いて笑うエルドの目がちっとも笑っていなかった事に気付いた。会う順番を間違えたな、とライアンは舌打ちする。奴隷である自分達より先にノーラ姫が彼と出会っていれば、少なくとも彼女は彼から敵意を向けられる事など無かったのに。

「私は、君に訊きたい事がある」
「何だい?俺で良ければ答えるぞ」
「外の世界はどんな所なのかな?きっとビューティフルでエキサイティングな所なんでしょう!?」
「外?あぁ、旅はいいぞ!君は見た所――知的欲求が友達みたいじゃないか!」
「そうだね!私は知りたい。私が知らない全ての事を」

 良い所だぞ、とおよそライアンには理解出来ない話を始めた二人を放っておく事も出来ず、ただ茫然と眺める。最初こそ険悪なムードだったが、ノーラ姫のあまりの『無知』さにエルドレッドは警戒心を解いたらしい。
 彼女は奴隷の話を引き合いに出して文句を言うには、少々物事を知らなすぎる。
 ――ところで、とエルドが話を変えたのを聞こえないふりをしつつも聞き澄ます。

「君は王族なんだろう、ノーラ姫」
「そうだね!」
「彼について、どう思っているんだ?」

 指さされたのはライアンだった。何を言っているんだこいつは、と言わんばかりの顔をした姫君は肩を竦める。

「友達だよ。それが、どうかしたの?連れて行くなんて、赦さないよ」
「そんな事は言っていないだろう。彼は奴隷だ。解放したいとは、思わないのかい?」
「どうだろうね。奴隷の件については、私にはどうしようもないよ。お父様に言って、そういう事は」

 ――いまいち会話が噛み合っていない。
 どちらの真意も知るライアンにはそれを肌で感じ取る事が出来た。どちらも、舌足らずなのだと。
 何か、このまま放っておくのは良くない気がする――

「ノーラ姫。君は、一国の姫君なんだ。君の発言には影響力がある。だが、当の君はそんなに全ての事に関して無関心では何も始まらないだろうに。俺は君ならば話が出来ると思って話をしてみたが、やはり根本は君の姉達と変わらないようだな」
「嫌だなあ。姉様方だったら、呼んだって顔も合わせてくれないんじゃないかな?」
「あぁ。会えなかったさ。正直、話にならないどころか話にすら発展しなかったよ」
「君はどうしたいの?何か言いたい事があるのなら、私ではなくお父様に言うべきじゃないのかな?」

 顔を見合わせる両者は両者共、無表情だった。
 先程まで他愛ない世間話をしていた間柄には到底見えない。

「あー、もう止めろお前等。往来で喧嘩してんじゃねぇよ」

 堪らずライアンは口を挟んだ。
 その一言で我に返ったらしいエルドとノーラ姫は一瞬互いを射殺さんばかりに見やり、そうして何事も無かったかのように余所余所しい笑みを浮かべた。

「悪かったな、姫様。じゃあまた」
「あぁうん。外の話はなかなか興味深かったよ。それじゃあ、またね」

 ――また会いましょう、近いうちに。
 そう言外に言っているように聞こえた。