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「いやだから」
同僚がうんざりしたようにもう一度同じ説明を繰り返す。やがて、やっと理解したのか男はあぁ、と心底悲痛そうに頷いた。その顔に嫌悪の色は無い。
――が、ライアンの獣じみた勘は大きな警鐘を鳴らしていた。
「そうか・・・まだそんな制度がこの国でも・・・」
「おーい、お兄さん?」
「こんな馬鹿げた制度・・・即刻廃止するべきだッ!!」
「落ち着けお兄さん!あんた、殺されるぞ!」
気の良い同僚が男を宥める。しかし、それすら彼の前では逆効果だった。
「俺の事を気遣って・・・!こんな良い奴なのに、奴隷として給料も出ない働きをさせられた上に死ぬまでこき使われるなんてあって良い事じゃないだろう!?」
「いやいや・・・お兄さんが言う事は俺も大声で賛同したいんだけどね、こんな道で大声で叫んじゃ駄目だって!」
じたばたと足を踏みならす彼。エメラルドの色をした瞳は怒りの色に染まり、それはそれは彼が憤慨している事を物語っていた。
やはり面倒な事になったな、と一歩離れた所で事を静観していたライアンは溜息を吐く。同僚が言う通り、彼をすぐにでも黙らせなければ近衛兵などが寄って来て大惨事になるのは間違い無い。
「悪かったな、取り乱して」
――ホントだよ。
やっと落ち着きを取り戻した男は怒りさめやらぬ、という表情で何度か深呼吸を繰り返すと最初の頃に浮かべていた満面の笑みに戻った。
「俺の名前はエルドレッド。気軽にエルドって呼んでくれていいぞ!そうだな、旅をしていたんだがたまたま故郷へ立ち寄った国内の人間だ!」
よろしく、と差し出された手。同僚は迷った挙げ句、その手をやんわりと握り替えした。満足そうに頷いた旅の男もといエルドレッドは自らを指さし、言う。
「まさか王国がいまだに奴隷制度を扱っているとは思わなかった。けど、俺が来たからには期待していいぞ!そこの村民からは税が上げられて生活が立ち行かないとか聞いたから、今に王族達の考えを改めさせてみせよう!」
心臓が不自然に跳ねる音を鮮明に聞いた。
何を言っているのだろうか、こいつは。
焦る心中を隠し、代わりに胡散臭いと言わんばかりの敵意をエルドレッドに向ける。しかし彼は涼やかな笑みでそれを躱した。