2.





 ノーラ姫の作業部屋へ顔を出すとだいたいいつも奴隷では口も出来ないような高級菓子を振る舞ってくれる。最近では舌が肥えてきて困っているが、やはり『美味しい物を食べる』という欲望には敵わなかった。
 その日も随分仲良くなった上司に顔を見せる為、ライアンは作業部屋を訪れていた。ちょっと本気を出せば道中、人に会わないようにするなど造作も無い。
 ノックして返事が無かったものの、中に人の気配はするし「入って来るな」とは言わなかったので無遠慮に室内へ入る。

「・・・お」

 入ってすぐ目に入ったのは大量のキャンパス。そして、そのキャンパスの中心で、珍しく絵を描く事に没頭している姫君。まさにここは彼女の領域だ。
 ライアンが来た事にも気付かず目の前の絵に集中するノーラ姫の邪魔をするのもいけないと思い、適当な椅子に腰掛ける。つん、と鼻に絵の具の臭いがしみた。今日はいつも以上に臭う。
 淀みなく動く腕をぼんやりと見つめながらこれからどうすべきか考える。ここまで来て何もせず帰るのは癪に障るし、かといって無理矢理彼女に話し掛けるのも躊躇われる。

「――あれ、ライアン」

 そんな事をぐだぐだと考えていれば、ノーラ姫がとうとうライアンの存在に気付いた。驚いたように目を丸くしていた姫君だったが、次の瞬間にはいつも通り楽しそうな笑みを浮かべる。切り替えの早い人だ。
 どうも、と軽く頭を下げる。

「邪魔でしたか」
「いや、そんな事は無いよ!丁度君に会いたいと思っていたんだ!来ていたのなら声を掛ければよかったのに」
「集中してるみたいだったんで」
「いいんだよ、そんな事は気にしなくても!私はいつだって集中しているから!」
「何ですかそれ・・・」

 ――機嫌が良い。
 ノーラ姫は筆をそっと置き、パレットも置くと立ち上がった。どうやらもう絵はいいらしい。

「この間仕入れたばかりだから、お茶請けがたくさんあるんだ。クッキーとケーキ、あとマドレーヌにブラウニー、ただのチョコレートもあるよ。さぁ、どれがいいかな?」
「え?速過ぎて分からなかったんですけど。もう一回おねかいしますぜ、姫様」
「だから――」

 つらつらと並べられる菓子の種類。ただ、ライアンにはクッキーとケーキとチョコレートしか上手く想像出来なかった。他の茶請けは名前すら聞いた事が無かったのだ。奴隷云々以前に、出て来る食べ物の名前などどうでもいいと思っていたから。