1.





 廊下で立ち止まり見つめ合う――否、睨み合う事数秒。愛想の良い笑みを浮かべた姉は再び言葉を紡ぎ始めた。あまりにも黙っている妹に嫌気が差したのかもしれない。

「あなた、最近、奴隷と遊んでいる所をよく見掛けるのだけれど」
「そうかな?私はただ絵を描いているだけだよ」
「獣人――穢らわしいわ。何だか獣臭いわよ、ノーラ」
「それ、姉様から臭ってるんじゃないかな」

 一瞬の間。ついつい口調がきつくなってしまうのは、この人の事を一度だって姉だと思った事がないからかもしれない。それはきっと、ドリーン姉の方も同じだろうが。
 切り取って貼り付けたような笑みのままに、彼女は前置きを終えようやく本題を話始める。最初からそうしていればいいのに面倒な人だ。

「最近、あの獣を使い過ぎよ」
「いいじゃないか。機材を運ぶのは大変なんだよ。他の人達を呼んでたんじゃ、何人も呼ばなきゃいけないんだ」
「必死なのね。いいのよ、あなたみたいな卑しい人間が奴隷と戯れていようが、あたしには関係無いもの」
「だったら放っておいて全然構わないよ。あぁでも、こんな所で油売ってるぐらいだから姉様も暇なんだね。兄様とでも遊んでいればいいじゃないか」
「城内に獣がうろついていて、うかうか外も出歩けないのよぉ。仕方ないでしょう?」

 機材なんて一度も運ばせた事無いけれど、言い掛けて止めた。このまま全ての要求に「はいはい」と答えるのは簡単だが、それをやってしまうと言質取られて王様から直々に禁止令を敷かれるとどうしようも無くなる。
 王様――父親は、ノーラ以外全ての兄姉に甘いから。
 それに、ドリーンがこう言うということは、少なからず王様もそう思っているという事。あまり城内で奴隷を放すなとでも言いたいのだろう。

「――とにかく、姉様が何と言おうとあの塔は私の物だよ。口出しされたくないな」

 すっ、と姉の顔から表情が消えた。唇の端を歪め、笑っているような心底憤慨しているような、表情へ変わる。その一瞬を唖然と見つめていれば、第二王女は言った。刺々しい、なんて可愛らしい表現すら相応しくない言葉を。

「じゃあ、今後、あなたも城内をうろつかないでちょうだい。目障りだわ」

 息が詰まる。姉に何と言われようが何とも思わないが、城内の出入りを禁じられたのは初めてだ。何が一体どうしてそうなったのか。
 変な顔をしていたのだろう、それに満足したのか、姉は優雅に微笑んだ。再び余裕のある振る舞いに戻ったのだ。

「――冗談よぉ。本気にした?あたしの権限であなたの処遇が決められるわけないじゃない。うふふ、ごめんなさいね、大人げない事を言って」

 気が済んだのか、姉がするりとノーラの横を通り抜けてどこぞかへ去って行く。
 むしゃくしゃしたノーラは、その足取りでライアンが仕事しているであろう畑へ向かった。何と言うか、荒んだ日常の癒しが欲しかった。