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ノーラ姫を引き連れて仕事へ行けば周りの視線が刺さった。当然だ。奴隷仲間達からは良い身分だなと言わんばかりに、農民達からは妬ましそうに。人間とは横暴な生き物である。
そんな事には気付いていないのか、気にしないのか、姫君は朗らかに笑うとひらりと手を振った。
「それじゃあ、私は行くよ」
「はぁ・・・。お気を付けて」
「君は最近、気の利いた事が言えるようになってきたね!そうさ!人間は学習する生き物なんだからさ!」
嬉しそうにそう言ったノーラ姫が今度こそ背を向ける。ただ話をしたかっただけのようで、畑に未練は無さそうだった。というか、毎日を暇に退屈に過ごしている彼女はよく理由の伴わない行動に走ったりする。
ゆらり、と揺れる濃紺色の後ろ姿を見送り、一つ溜息を吐いたライアンはごきりと首を鳴らした。
***
城内を走ると誰かに見つかった時、咎められる。だからノーラはその日、ゆっくりひっそりとあまり足を運ばない城の本塔を歩いていた。ライアンを引き連れて歩く事が出来ない区域なので、自然と疎遠になっていたのだ。
廊下の区切れ区切れにおいてある調度品、高級そうなカーペット。どうせ足で踏むのに、どうして高い物を使おうとするのか理解に苦しむ。
――本当は、こちらに来るつもりなど微塵も無かった。
しかし、食堂へ行く為にはノーラの所有塔からだとここを絶対に通らなければならない。厨房なんて本当は一国の王女が入るべき場所でない事は理解している。
けれど、ライアンに出す為のケーキが早々に切れてしまったのだから仕方ない。厨房に陣取っているシェフ達とは仲が良いので、彼等は頼みさえすればすぐにでも菓子の類を出してくれる。さすがに持って来て貰うというのも気が引けたのだ。
今回のお茶請けは何にしたものか――
久しぶりに絵以外の事で悩んでいれば、不意に足音がやけに耳に付いた。はっとして顔を上げる。
「あらぁ?ノーラじゃない」
少し棘のある口調。挑戦的に跳ね上がるトーン。
苦笑をひた隠し、ノーラは微かに頭を下げた。社交辞令である事が見え見えである。
「久しぶりだね、姉様」
第二王女、ドリーン=アクランド。
豪奢なドレスに豪奢な扇、高いヒールを履いた彼女の目と目が合う。瞬間、悟った。
――嗚呼、これは。面倒臭そうな事になるな、と。