1.





 資料を無事に届け、次は畑に出て重労働だ――
 と頭の中で予定を反芻していたライアンだったが、次の瞬間には考えていた事は全て飛んだ。目の前で揺れる濃紺色の長髪。結わえる時間が無かったのか、無造作に垂らしてあるそれは。

「な、何やってんですか姫さん・・・」

 ノーラ=アクランド。第四王女のもの以外はあり得ない。へへっ、と悪戯っ子のように笑ったノーラ姫はその笑みのままに言葉を紡いだ。

「今から畑へ行くんだと思って着いて来たよ。どうせ、塔の中にいたってつまらないからね!さぁ、私も一緒に連れて行っておくれ!」
「ちょっ・・・!馬鹿な事言わないで、さっさと帰ってください。俺を殺すつもりですか!?」
「ライアン。君の次の仕事は外なんだろう?細心の注意を払って、私を外まで運ばないと。大丈夫、姉様方の足音は無粋で傲慢だよ!君の聴力なら問題無く聞き取れるはずさ!」

 そういう問題じゃないだろう、と心中で呟きながらも辺りへの警戒を怠らない。こんなところ、王族に見られたら廃棄処分されてしまう。
 すでに隣に並んで歩き始めた姫君はいつものように勝手にぺらぺらと話し始める。

「そういえば、気になっていた事があるのだけど」
「はぁ?何すか?」
「君は、どうして奴隷になったのかな?とっても強いんだろう、ライアン。君のしなやかな筋肉とか身のこなしを見ていれば私にだって分かる。そんな君が、何故、強制労働の対象者になったのかな?」

 デリカシーが無いと言われるかもしれなけど、気になったから。そう言った彼女の目はちっとも笑っていなかった。最近分かった癖だが、彼女は笑っているように見えて笑っていない時がある。
 ほんの些細な違いだが、それが今ではよく分かる。同時に、これがはぐらかしていい問題ではないことも。
 暫し逡巡したライアンはしかし、ぽつりぽつりと話し始めた。あまり、好ましい話では無かったのだ。

「俺はもともと、ちょっとした大罪人だったんです」
「大罪人?ふぅん・・・指名手配犯かい?」
「そうっすね。ま、俺一人だったわけじゃねぇんで・・・そこは省きますけど。俺は、俺達は3人で1つのグループだったんですよ」
「3人か。3、という数字は良くないなぁ。私は3が嫌いだ」
「止めてください、そういう偏見的な発言するの!」

 軽口を叩きながらも当時の事を思い出す。それは忘れたくても忘れられない、そういった類の記憶だ。

「3人で活動していたんですけど、うち1人が見事に裏切りやがったんです。お陰様で俺と、もう一人は奴隷商人に売り渡され、今に至ります」
「そっか。君達は魔道士に弱いんだったね」
「そうですね。呪術、魔術――全ての魔法に掛かりやすい」

 ジャンケンに似ている、と以前、仲間だった彼女は言っていた。魔道士がパー、剣士がチョキ、そして獣人がグーだと。的を射た意見だと思ったのを鮮明に覚えている。

「ま、気にする事無いよ、ライアン。何て言っても君にはこの私が付いているからね!」
「先行き不安な言葉っすね・・・」

 ふふん、と珍しく傲慢に高慢に振る舞う第四王女。その不敵な笑みが、不思議と心中を落ち着かせた。