3.





 しん、と沈黙が部屋の空気を支配する。微笑む姫君は明らかにライアンの言葉を待っており、自ら話題を振るつもりは無いようだった。
 大海原のように視線をさ迷わせ、最終的にノーラ姫へ視線を合わせる。

「えぇっと・・・姫様は、今、何の絵を描いてるんスか?」
「うん?絵、かい?絵はねぇ・・・今は何も描いてないよ。そこらへんに置いてあるのは全部、失敗作だし。いけないよねぇ、紙を無駄に消費しちゃってさ。紙だってタダじゃないのに」
「そう思うのなら止めればいいじゃないすか」
「そうだよね」

 けらけら、とノーラ姫が笑った瞬間。前触れも何も無く、ドアをノックする音が響いた。何、と姫君が用件を訊けば廊下から男の声が返ってくる。

「姫様、そちらに獣人の奴隷はいませんか?仕事の手が足りないので、呼び戻したいのですが・・・」

 一瞬迷った姫君はいるよ、と実にあっさり返した。ライアンはと言うと、仕事の時間かと腰を浮かす。ケーキなんてご馳走まで出して貰って、さらに仕事を休ませてもらうなど以ての外だ。
 ――それに、これ以上気まずい空気には耐えられそうにない。
 ちらり、と王女様の顔色を伺うとやはり彼女は溌剌とした笑みを浮かべていた。

「・・・じゃあ俺は、仕事行くんで」
「うん、またね」
「・・・・・・またね?」
「また、呼ぶよ。君は実に興味深くて面白い人だよね」

 それは一体どういう意味なのか。深い意味は無さそうだが、何を以てして面白いと思うのだろうか。
 色々考えるべき事はあったものの、彼女と過ごした時間は良い事こそ無かっただろうが、悪い事も無かった気がする。何より、他者とまともに会話をしたのは久しぶりだ。

「はい・・・」

 最終的に実に小さい声でそう返し、再び姫君の反応を見る。
 相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべたままに、ひらりと手を振られた。

「そう。良かったよ」

 仕事が嫌になったらいつでもおいで、とそんな一言まで付け加えられたがそれは聞こえないふりをして、廊下へ。兵士が何か言いたそうな顔でこちらを見ていたが、それすら見えなかったふりをした。