3.





 どこから取り出したのか、ケーキワンホールに紅茶を出して来たノーラ姫はにこにこと笑っている。ケーキなんて食べるのはいつぶりだろうか。思い出せない。

「さぁさ、食べていいよ。お腹が減ってるでしょ?」
「はぁ・・・絵の具臭いですね」
「いつもだよ!」

 私は、とノーラ姫は自らを指さした。誇らしげに、それでいてやっぱりにこやかに。

「私は、ノーラ=アクランド。第四王女だよ」
「・・・ライアンっす・・・あー、獣人ですね」
「そうなんだ!ゴツイ人だと思ってたよ」

 切ったケーキを一つ、器用に皿に乗せた姫様はこれまた器用に一欠片口へ運ぶ。上品さなど欠片も無い、それはただのケーキを食べる少女だった。
 紅茶にミルクを加えながら、ノーラ姫は言う。

「何か訊きたい事があるなら訊いても構わないよ。私は、君と話す為にここへ君を呼んだんだからさ」
「なんで俺なんか呼んだんですか?他に奴隷はたくさんいたでしょう」

 簡単な事だよ、と一瞬だけ表情が消えたノーラ姫はフォークでライアンを指し示す。彼女は確かに姫君らしくはないが、人の上に立つ才能だけは持っているらしい。王族を前にした時のように、背筋が張り詰めるのを感じる。

「奴隷だとか王族だとか農民だとか。それ以前に、私は君に興味があったんだ。奴隷なのに奴隷らしくない、君にね、ライアン」
「・・・曖昧っすね」
「そうだよ。勘だし」

 あっけらかんと答えた王女の瞳が爛々と輝く。
 話を変えるようにライアンは目を逸らして次なる問いを口にした。

「昨日、畑に来てたのは、何故ですか?」
「題材探し。王宮の綺麗な物は、ただの綺麗な物でしかないからね。綺麗な物をこれ以上綺麗に描く必要は無いでしょ。それに、私はただ単に光っている物が嫌いなんだ。メッキみたいじゃない?」

 上から金箔を塗っただけの壺や食器を眺めて何が楽しいのか、とノーラ姫は肩を竦めた。身も蓋もない言い方だが、彼女がそれらの物に対して興味も関心も無いのは確かだ。

「楽して暮らせばいいのに、絵なんて描いていないで」
「そうだね。けれど、王宮も長続きしそうにないなぁ。現に、嫁いで行かなきゃならない姉様方はみーんなここに残っているからね。ナンセンスだよ、王女が全員、誰一人、家から出て行かないなんて」
「・・・それはつまり、エアリアナ王国は――」
「そう。他国から見れば、大した国じゃないって事だよ。他の国の王女だか皇女だかと婚姻を結んだ方が良いってわけだ」

 私に政治は分からないけれど、とやはり姫君は肩を竦める。
 ――まさに、興味も関心も無いと言わんばかりに。